2007年04月04日
第1回の放送終りました
皆様、聞いていただけましたでしょうか?
今回、初めての放送と言うことで、結構緊張しました。
シナリオを作らずにはじめてしまいましたので、お聞き苦しかったかもしれません。
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今回は、このコーナーについてのご紹介に始まりました。前半部は
私の歴史とのかかわりについて
1)高山祭りの山王祭の神楽台組に所属
2)山王祭の雅楽会に所属 龍笛を担当
3)山王祭の采女(神殿前で舞を舞う)の指導を担当
村田恵子ナビゲーターも天満神社で浦安の舞をやられていたようですが、浦安の舞は、紀元2600年を記念して昭和17年ごろに全国の神社で指導されました。
ところが、日枝神社と八幡神社は、浦安の舞を採用しておりません。
日枝神社は倭舞 求子の舞(もとめごのまい)を昭和44年ごろから宮内省の楽部で作って頂いて奉納しています。八幡様は、櫻山の舞を奉納しています。
浦安の舞は鈴と扇を使いますが、日枝の求子の舞は何も使用しません。(八幡は特殊な鈴を使用します。)
そういうお話をしました。
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古川の歌手「向林利明 さんの『タクミ』」を間に流させていただきました。
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後半は、4月6日に飛騨の匠学会で「市民勉強会」を開催します。
その勉強会で講師を勤めていただく桐谷忠夫先生にゲスト出演していただきました。
先生には、「古代ロマン 飛騨の匠の変遷」と称して、講演をいただきます。今回は、その一部として
・両面宿難はソマの棟梁だった。
・5世紀頃の、仁徳天皇の時代から、飛騨の人間は中央から悪人と思われていた話。
・全国に飛騨の匠が広がって行った話。
・「かにかくにものは思わじひだびとの 墨縄の道 ただひとすじに」という万葉集の話
などのさわりについて、お話いただきました。
飛騨の匠市民勉強会は、4月6日午後7時より 飛騨センター ミニシアターにて 入場無料です。

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先生のリクエスト曲は、「飛騨山娘」でした。思い出の曲、今後広めたい曲ということで、ビルトーゾオーケストラの演奏をお届けしました。
次回は、4月9日月曜日です。180年前の高山祭りや、屋台彫刻についてお伝えします。
(徳積善太)




