2007年04月17日
4/16 第3回放送終わりました
む「高山祭り終わりましたね。長瀬さんも、氏子としてお出になったんでしょう。お疲れ様でした。」
な「はい、疲れました。今年はいつもより少し寒い春祭りでしたね。毎年のことですが、疲れました。」
む「先日、おはなししましたように、舞と雅楽で参加されたんですよね」
な「はい。私は、日枝雅楽会に所属していますので、采女の担当をしています。お蔭様で子供達が
立派な舞を披露してくれました。また、雅楽としては、朝の拝殿での神事と、14日夜の夜祭(やさい)
の2回参加しました。そのあと、すぐに着替えて、自分の屋台の夜祭(よまつり)に参加しました。
次の日は、自分の屋台組みとして神楽台の「橋渡し」という行事と、そのあと裃に着替えて警固に
参加しました。
→今年は、昔なら喧嘩になりそうな場面があって、4/15は、日枝神社と一本杉白山神社、天満森、
東照宮と4つもお祭りが同時に開催されるんですが、15時頃に陣屋前で一本杉の行列が日枝の行列
をとめました。今は紳士的に、どちらか先の方が、待つようになっていますが、昔の信仰の熱い時期には、
どちらが先で、どちらの神様が偉いなどと、口論になり、喧嘩になったそうです。その後、紳士協定で、
事前に宮本が打ち合わせて、時間が重ならないようにするらしいのですが、今回、闘鶏楽を少し長めに
やったところ、5分ほど時間が遅れて、陣屋前で鉢合せになったというわけです。昔なら喧嘩が始まる
ところだったでしょうね。」
む「へえ、そうだったんですか。でも、相変わらず、一人何役もやっておられるんですね」
な「そうなんです。今では、氏子区域内も若い方が少ないので、私などはあちこちへ参加して
何役もこなします。多い時には、雅楽装束、法被、白丁、裃と4~5回着替える事があります。」
む「そういう影の努力が高山祭りを支えているんですね。お疲れ様でした。」
な「ありがとうございます」
む「さて、今度は、飛騨としての大きな祭りは古川祭りですね。」
な「そうですね。飛騨地方は、何時の頃からかわかりませんが、山王祭を契機にして、春は、次第に祭り区域が北上すると言う面白い状態になっているんですよ。古川などは昔は夏祭りだったようですが、4/19・20に開催されています。そのあと、田舎地区の祭りが5月まで続き、神岡の大津神社の祭りで一区切りですね。」
む「へえ、気が付きませんでした。」
な「祭りとなると、神社の神官の人達も大変で、今日はこっちの祭りの手伝い、明日はあっちへと、走り回られるのもこの頃です。おそらく、神官の人達のスケジュール調整でこうなったのかもしれません。」
む「さて、その古川祭りですが、4/19・20の開催と聞いていますが、本当は21日もあったらしいですね。」
な「そうなんです。私も最近知ったのですが、一般の方には知られていないんですが、還御祭(かんぎょさい)というのがあって、昔は3日間お祭りがあって、最終日には神様を気多若宮のお社に帰っていただくという行事をやっていたそうです。日枝の山王祭でも、還御祭がありますが、最終日の15日の夕方に行なわれます。
日枝の場合は、各屋台組の代表が屋台組の印鑑を持って、台名旗を従えて、神輿の警護をして日枝神社まで行列をしていきます。そのあと本殿に代表者が集まって、神様を神殿にお返しするお祭りをやって、修了後に、宮本が指揮をして、各代表者が祭り終了の印鑑を押す儀式があります。
これは、裃で正装して行かなくてはいけなくて、過去にも着替えてしまった方があって、その方が家に戻って着替えてくるまで待っていたり、屋台組の印鑑を押す順番がありますので、一人でも欠けると、その屋台組に連絡して、その組の印鑑がおされるまで待っていなくてはいけない。それはそれは厳粛な儀式なんです。
私も一度、代表して行った事がありますが、ある屋台組の人が忘れてて、風呂に入ってくつろいでいるという状態だった
ものですから、その方が正装してこられるまで、1時間くらい余分に待っていた事があります。」
な「さて、古川祭りですが、最近では勤めの方が多いので、古川祭りでも2日に短縮されたそうです。ただし、古川の方々は、後片付けの日を一日余分に取っている方が多いので、最終日は後片付けの日としてお休みになるそうです。」
む「時代と共に、儀式も変わってきたということでしょうね」
な「そうですね。各屋台組でも、だんだん組員が減ってきていますから、なかなかどの屋台組も大変ですね。
古川も同じで、このままだと『起し太鼓』ができなくなるのではと懸念されている屋台組があります。
最近、古川の町も、だんだん町が歯抜け状態になりつつありますからね。」
む「起し太鼓は、いつごろから始まったのですか?」
な「これについては、明らかではありません。屋台の曳行は、天明2年(1782)に9台あったことがわかっています。
もともと、起し太鼓は、振れ太鼓といって、高山でも文化年間にみられたものだそうです。一番古い記録では、天保2年(1831)3月にみられるそうですから、今から170年以上前の話ですね。
先日残念ながらおなくなりになった、大野先生の著述によると、昭和の初め頃から、猛獣を威嚇するために行なったという考え方が踏襲されたと書かれています。
熊や猪や、狼を追い払うために、行なったものだということですね。しかし、起こし太鼓の名前の
通り、もともとは目覚まし太鼓の意味合いが強かったもののようです。
また、付け太鼓も、安政二年に規制が行なわれていますから、かなり古くから行われていたという事になります。」
む「私も見た事があるんですが、かなり けんか祭り 的な要素が強いですよね。」
な「いつ頃からか、『付け太鼓を大太鼓に付けるとその組にいい事がある』とうわさされ、各屋台組では、どこの辻で付けるとかの作戦会議があり、他の屋台組と申合せをして、やるようですよ。今でも古川の人達は「昔の方がもっと豪壮で面白かった」などと言っておられますが、明治39年には、警察になだれ込んで、ガラス49枚を割ったり、投石したりした事件があったそうです。何でも、警察に不服を思っていた屋台組が密かに計画し、わざとなだれ込んだそうです。
でも、警察が、器物破損で捕らえようとしたらしいのですが、神事の最中の事といって、誰も逮捕されなかったそうです。
その事件のせいか、今でも、古川署では、古川祭り前後1ヶ月は取締りがゆるくなるとかいう噂があるらしいです。
実際は知りませんがね。」
む「古川の人は、やんちゃっていいますが、すごいですねえ」
な「また奥ゆかしいというか、この警察の話をしても、『そうかもしれないし、そうでないかもしれない』なんていう言葉が
帰ってきますよ(笑) 実際の所は、よくわかりません。」
む「もっと、お聞きしたいのですが、このあとゲストの方に登場していただきますので、そこでまた詳しくお聞きしたいですね。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー曲でブレイク--ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
む「それでは、ここで、ゲストをお迎えしたいと思います。今日は電話での出演です。ひだ古川ふるさと案内人会 代表の
森 要(もりかなめ)さんに登場いただきます。もしもし、森さん、こんばんは」
森「こんばんは」
む「いよいよ古川祭りですねえ」
森「そうですね。楽しみにしていました。」
む「いま、長瀬さんから古川の起こし太鼓についてお聞きしたのですが、森さんも上に乗ってたたかれた事あるんですか?」
森「はい、あります。」
む「その時のお気持ちは?」
森「以前住んでいたところでは、青年部に入っていないとダメだとか、祭りの練習を一生懸命やらないとダメだとか、結婚しているとだめだとかありました。ご縁がありまして、今の場所に代わってからちょっと規制がゆるくなっていて、私は実は直前の4/5に結婚していたのですが、乗る事ができました。誇りに思いました。」
な「森さんに、私ちょっとお尋ねしたい事があるんですが、古川の場合は、高山と少し違って、屋台主事と起し太鼓主事のありますが、どうやって決められているのですか?」
森「以前は起こし太鼓主事と屋台主事は同じ屋台組がやったのですが今は分けられています。」
な「玄武、朱雀、青龍、白虎というあれですか?」
森「そうですね。」
な「気多若宮神社の社紋は葵を反対にしたものですが、これは徳川家とは関係があるんですか?」
森「これについてはよくわかっていません。もともと能登の気多大社からわけていただいた、三つ鶴葵という紋です。金森時代のあと、天領になってから古川の町の自治がよくされていて、認められたとかいう話はありますが、よくわかっていません。」
な「もしそうだとすると、時代が時代だけに、徳川の紋の上に乗ってたたくということは、民衆のパワーを感じますねえ」
森「そうですね。でも実際の所はよくわかっていません」
む「古川の祭りは、屋台もありますが、起こし太鼓と屋台で大変ですねえ」
森「そうですね。たいへんというのは、本当にたいへんなんですが、うれしいなという気持ちがあります。高齢者が多くて、大変だということがあります。」
な「前日、起こし太鼓で怪我をしても、屋台を並べたときに涼しい顔して笑っておられないようですね。」
森「そうですね。黙っております。(笑)」
む「森さん、今年の古川祭りの見所と、起し太鼓の曳行経路をおはなし下さい。」
森「はい。祭り会館前で神事が行われて、9時に打ち出しがあり、壱之町方面へ行きまして、最初の付け太鼓の攻防があり見所です。付け太鼓の見所はパンフレットをご覧下さい。
次の日は、静のまつりで屋台が出て、からくりと子供歌舞伎の奉納があります。高山にも昔あったようですが、今は古川にしかありません。」
む「ありがとうございました。では、森さんからリクエスト曲をいただきたいのですが、曲を紹介いただけますか?」
森「せっかくの機会ですので『有馬 圭の 起こし太鼓』をお願いします。」
む「では、この曲を最後にお別れいたします。森さんありがとうございました。」
ーーーーーーーーーーーーーーー♪起こし太鼓♪ーーーーーーーーーーーーー
む「あっという間でしたね。来週もよろしくお願いいたします」
な「来週は、郷土館長の田中彰さんをお迎えしてお送り致します。」
む「皆さん楽しみにしていて下さい。 長瀬さん、どうもありがとうございました。」




