QRコード
QRCODE
おすすめショップ

トマトジュース
ひだっちショップ








/*飛騨百年水素水*/
今話題の飛騨天然水素水。


アクセスカウンタ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。 解除は→こちら
現在の読者数 3人
プロフィール
rekisy
rekisy
飛騨に住んで40年。文化の町「高山」に住んでいながら、知らないことが多い事に気づきました。少しでも、皆さんに知っていただくために、文化のまちおこしを目指します。 「歴史」と「音楽」のまちづくりを目指します。応援してください!
<所属研究会>
飛騨の匠学会 所属
立川流彫刻研究会 後援会会員
山王祭 神楽組 所属
日枝雅楽会 会員
倭舞保存会 責任者
飛騨歴史民俗学会 会員
飛騨古川ふるさと案内人会 準会員
下呂検定2008合格者

元 金森顕彰会 理事
日本ホスピタリティ学会 関西支部 客員聴講者
佐藤一斎研究会 客員会員
オーナーへメッセージ

2007年05月05日

第5回放送終わりました

む「時刻は7:30をまわっています。ひだ歴史再発見のコーナーです。
月曜のこの時間はゲストをお迎えして、ひだの皆さんが意外と知らない歴史を掘り下げていくというコーナーです。毎月最終週はいつも登場いただいています、長瀬公昭さんがお休みとなっておりますので、元飛騨春秋編集人の桐谷忠夫先生にスタジオに来ていただいています。桐谷先生こんばんは、よろしくお願いします。」

き「こんばんは、よろしくお願いします。」

む「先生はこのコーナー2回目の登場ですけども、いつもいつも何にもわかっていない私を教えていただいて。」

き「いえいえいいスピーチをありがとうございます。」

む「2人で進めさせていきますが、何もわかっていないんですよね。今日も子どもに教えるお気持ちで教えてください。」

き「よくお尋ね、いただきまして。ほとんど正確な古文書や文献は残っていないんですよ。」

む「本を先日買わせていただきまして、不殺の軍扇 金森長近ですよね。わからないところはお聞きして進めたいと思います。高山は多くの観光客の皆さんがこられていますが、高山の町は、いつごろできたのですか?」

き「金森長近さんが、秀吉の命によって高山に入ってきて城山に城を築き、城下町を造った。しかしそれより50年も前に高山外記という方が天神山に城を作ってちょっとした町を作ったという話があります。しかし、文献や証拠が何もない。おそらく水道山の辺りだといわれています。ただ観光客が楽しんでいただいている町は長近と可重が都市設計をした。それはいまから400年ほど昔のことです。」

む「古い町並みのあたりは当時の面影があるのだと思いますが、ヒッツFMのあたりは風景がちがったんでしょうね。いまから400年前に基礎ができたんですよね。」

き「城山を作ったときに、山を削った。そこが、馬場町とか吹屋町のあたりですが、そこの山を削って、川原へ落とした。そこが今の三町あたりです。だから、宮川の河川敷を生めたところなんです。」

む「裏手にある川原町は、川ギリギリに町ができていますが、そこが川原だったんですか?」

き「今調べようとすると、立替の縁の下や土台を作るのをみると、砂地、石ころだらけです。宮川の本流は今の一之町あたりを流れていたのではと想像できます。」

む「今は堤防がしっかりしていますが、昔は川もあっちこっちに行っていたのでしょうか。」

き「神明町の辺りから蛇行があったのは間違いない。ただ、砂礫の上に埋め立てて町をつくっているのですから、砂地なんです。これが水を浄化して地下水がきれい。いい水があるから、お酒が造れる。水がいいからお醤油もできる。それにほれた昭和の調理師がこのたまりでしなそば=中華そばを作った。そのスープの味は、金森さんが埋め立てて作ってくれたおかげともいえるのです。それは水のおいしさなんです。」

む「高山祭りのときに観光客の方に、ラーメンのお話をさせていただきましたが、先生のおっしゃったような話ができませんでした。何でしょうゆ味なんだろうなんて、思っていました。いまようやくわかりました。」

き「もうひとつ、高山の味で言えば、高校生、大学生がすぐ手に入る「みだらしだんご」これもお醤油の前身のたまりを使っている。これがまた売れたんですよ。香りもいいですしね。」

む「外のは甘辛いたれですけど、高山のはあまだれでなくておしょうゆなんですよね。知り合いが高山に尋ねてきた時、町中がお醤油のにおいがするといっていました。おなかがすく町だとも行っていました。」

き「割安におこづかいで高校生でも大学生でも、おつまみできるみたらしだんご。格安に食べれるラーメン、それが若い人たちに大人気ですよね。」

む「ご当地ラーメンも全国的にいろいろありますが、高山のラーメンというのも大変人気になってきています。それというのも水がもともとはたいへんきれいな水が取れるというところが理由ですね。」

き「お城作りと河川敷を埋め立てて町を作った。その上に造り酒屋とかお醤油屋さんとかが老舗としてずっと昭和まで続いていて、飛騨のお酒はおいしいなといわれるようになっているんですね。ガイドしていても必ず立ち寄らないといけないくらいです。」

む「ガイドという話もでましたが、ガイドもされているんですよね。」

き「ボランティアガイドとして飛騨の里を拠点にしていますが、飛騨中を案内しています。古川がさくらで有名になりましたが、古川の町も5~10年くらい遅れて建設された町なんですが、全くそっくりなんです。古川は荒城川と宮川の河川敷を埋め立てて作った町なんです。一之町、三之町を作っていますが、瀬戸川の辺りが荒城川の元の流れなんです。増島というお城のところで曲げて切り替えて流し込んでいる。宮川で言えば中橋の上流で流を切り替えているんです。中橋の上流を見ると大きな柳がきれいに枝をたれていますが、あそこで流れを切り替えたんです。一之町に流がこないようにしている。もう一つ、江名子川を若達町でまげて持ってきている。もともとは八幡町のところで中新町を流れて連合橋のあたりで流れ込んでいたのを弥生橋の方向へ直角に曲げている。
今では一之町、二之町、三之町といいますが、戦前までは一之町は大町。二之町は二番町、三之町は三番町と呼ばれていました。これは長近が高山に来る前の越前大野でも同じでした。戦後に整いましたけど、年寄りには大町というほうがなじみがあります。」

む「先生と同じ年代の方はそういう呼び方の方が多いんですね。」

き「大町というのは、お城の近くに道幅を広めに作って、兵士=侍を集めて陣立てをした場所なんです。古川の場合は瀬戸川をわたって、大町・壱之町ですけど、馬渡し橋というのもありました。兵を並べるのが大町でした。古川も高山も越前大野もそっくりなんです。」

む「私は高山と古川は行ったことがありますが、越前大野も共通点が見つかると思います。
途中になりますが、前回先生に来ていただいた時にかけました曲ですが、「飛騨山娘」をお聞き下さい。」

***************************************
む「今日は桐谷忠夫先生に来ていただいておりますが、飛騨山娘をお聞きいただいています。
時間の許す限りお話を伺って生きたいのですが、越前大野は福井県ですよね。そのほかにも長近が造ったまちがあったのですか?」

き「美濃のほう、長良川河畔に美濃市があります。長近が80過ぎに小倉山という城を作りその下に町を作っています。しかも城の直下に港を作り、長良川の物産、上有知まで運河を掘らせたりしています。売り出し中の「うだつのあがる町」なんです。」

む「いずれの町も風情が漂っていますね。」

き「金森長近一人ではなくて、可重らとの親子の連帯で作ったものですね。戦国の武将として滅多にない親子関係です。」

む「昔の親子関係だと、どこか一線を引いている印象があったり、計算じみたところがあったりする印象ですが、その中で長近と可重はきずなが強かったんですね。」

き「公的なのは長距(ながのり)というのがいるんですが、人質として小姓にあがっていて、本能寺の戦いで戦死します。可重とは養子と言うことになっていますが、養子縁組のいきさつは、実は小姓であがった翌年に養子になっているんです。おそらくは人質対策で、血縁の養子なのかはわかりませんが、ロマンですね。来年没年400年で、素玄寺で法要があったり、イベントを企画中と聞いています。」

む「古川と高山のまちづくりの礎を築いた人だということはわかりますが、詳しく知らない方たくさんおられると思います。先生の本に詳しく書かれていますし、これにもロマンを含めたお話になっていますね。」

き「85まで生きたことにあやかりたいですよね。」

む「80過ぎても現役だったということでしたよね。」

き「80過ぎに小倉山にお城をつくりましたしね。」

む「本はグリーンホテルの物産館にありますよね。皆さんもぜひお求めになって読んでいただきたいと思います。今日は、桐谷先生にいろいろとお話をうかがいました。今日はどうもありがとうございました。」

き「いろいろおしゃべりさせていただいてありがとうございました。」  
Posted by rekisy at 01:22Comments(2)TrackBack(0)