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プロフィール
rekisy
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飛騨に住んで40年。文化の町「高山」に住んでいながら、知らないことが多い事に気づきました。少しでも、皆さんに知っていただくために、文化のまちおこしを目指します。 「歴史」と「音楽」のまちづくりを目指します。応援してください!
<所属研究会>
飛騨の匠学会 所属
立川流彫刻研究会 後援会会員
山王祭 神楽組 所属
日枝雅楽会 会員
倭舞保存会 責任者
飛騨歴史民俗学会 会員
飛騨古川ふるさと案内人会 準会員
下呂検定2008合格者

元 金森顕彰会 理事
日本ホスピタリティ学会 関西支部 客員聴講者
佐藤一斎研究会 客員会員
オーナーへメッセージ

2007年05月08日

第6回放送終わりました

ひだ歴史再発見! 平成19年5月7日
む「GWも終わりましたねえ。」

な「高山もたくさんの人でにぎわいましたねえ。ところで、長瀬さんはお仕事でしたか?」

な「1日は熱田神宮に年に一度の雅楽の舞奉納を見学してきました。観光業者なので、大半は仕事でしたが、昨日は、匠学会で富山の井波町に視察調査に行ってまいりました。」

む「井波と高山って、関係があるんですか?」

な「井波町は、彫刻の町、お座敷の鴨居の上に掲げる「欄間」の町として全国的に大変有名ですが、実は、井波の彫刻師が高山や古川の屋台彫刻をやったり、高山の彫刻師が井波に教えに行ったり、非常に古い歴史があるんですよ。

古川の祭り屋台のいくつかが、大島五雲という人の作品だということが知られていますし、高山の初代 村山群鳳さんが大正から昭和にかけて井波に行って彫刻を教えたりされていたそうです。最近では、まつりの森の屋台の彫刻は、井波の作家の作品なんですよ。
そういう意味では、結構高山と井波って関係が深いんですよね。」

む「へえ、そうなんですか。それで、今回はどんな調査だったんですか?」

な「今回、行った目的は、実は、今回の展示会に向けて調査中に、塩屋町にあります森本家というところから、江戸時代の大工さんの資料が186点も見つかったんです。その中に、彫刻物が6点あって、その3つに墨書きが見つかったんです。それは、「文政8年 井波にて柴田文蒲より彫刻を習う」と書かれていたんです。」

む「へえ、そんなに昔から関係があったんですか。」

な「そうなんです。これは今回の大発見で、さっきお話した大島五雲にしても、村山群鳳さんにしても明治時代以後の話ですから、江戸時代にすでに井波の方と交流があったということがわかれば、彫刻の分野において大発見ということでした。
今回は、井波で観光ボランティアの案内を行っておられる、井波の風というグループの寺井会長さんをはじめ、たくさんの人にお世話になりました。

ただ、その寺井さんに先日、先ほどの話の調査を依頼した時に、「高山の城主の金森出雲守の次男坊が、井波の瑞泉寺の第10代を継いでおられるんです。」
というお話を伺ったので、そちらの調査もしたいと思って伺ったしだいです。
私が高山にある資料を調査した時に、金森出雲守は、初代長近、二代可重、三代重頼の3人が名乗っているんですが、初代の次男坊は二代可重ですし、二代可重の次男坊は、大坂冬の陣で戦死しましたし、三代重頼は可重の三男坊で古川にいたことがわかっていますので、どの人のことをさすのか、それも調べようと思いました。」

む「それで収穫は、ありましたか?」

な「まず、柴田文蒲さんについては、まだよくわかっていません。
井波には瑞泉寺という、浄土真宗の別院があるのですが、そのお寺は、度重なる焼失の歴史があります。
この山門が宝暦十二年(一七六二年)に焼失したときに、京都の大工柴田新八郎という人が棟梁となり、その後井波の宮大工の松井角平が引継ぎ、享和元年(一八〇一年)十七年の歳月をかけ完成しました。楼上には、釈迦三尊の木造が安置されています。
当初、柴田という苗字から、この柴田新八郎の関係者ではないかと思い、調査しましたが、京都の東本願寺のお抱え大工ということしかわかっていませんし、
その末裔に文蒲という方は見当たらないので、おそらく雅号だと思っています。
これについては、詳しい調査が必要です。

また、金森家との関係については天正9年に佐々成政に焼き討ちされた瑞泉寺と安養寺の一向宗の両拠点でした。しかし、その後秀吉方と成政方とで一向宗門徒を自陣に引き入れる作戦がありました。天正12年に前田家に敗れた成政は、勝興寺を擁護し、高岡の古国府に寺院を建立させ自分の陣営の強化をはかった。一方の瑞泉寺は、荒廃の後住職不在のまま9年を過ぎてようやく堂宇を建立しました。そのわずか9年の差が、北陸での地位を失う結果となったんです。
そのときに、10代住職として担ぎ上げられたのが、高山城主 三代金森重頼の遺児 久々丸であった。久々丸は遷化して宣良となるが、子どもの時に本願寺に預けられていたため、高山周辺の系図には記述がない人物なんです。
この宣良は、井波町史によると、出雲守重頼二男となっていますが、高山に残る記録では、二男は後に金森大学を名乗る人物(古川住)であり、妾腹の子である可能性が高いんです。
この宣良の弟「宣心」は、照蓮寺を継ぎ、金森家との橋渡しをした人である。後に、佐奈姫を迎え本願寺とも縁戚を持つようになりましたが、素行が悪く、周囲から大変たしなめられた。佐奈姫は、悲しみの内に若くしてなくなり、今でも伝説の人となっています。
(後に明暦二年(1659)の瑞泉寺本堂着工の際、金森長門守(四代頼直)が瑞泉寺建立のための伐採許可を出し、万治元年(1658)2月、勝手次第の伐採許可を長門守が出して、農民の寄進もあったので一万本もの檜の大木を切り出したという記録があります。)
また、詳しくは、後日発表したいと思います。」

む「もっといろいろとお聞きしたいのですが、今日も素敵なゲストをお招きしておりますので、曲のほうへうつりたいと思います。長瀬さん、曲紹介をお願いします。」

な「はい、今月の曲は、『飛騨の匠』です。飛騨が生んだ歌手 しんや修一さんのデビュー曲です。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 曲でブレイク

む「この曲を選ばれたきっかけはなんですか?」

な「私は、高山スイングエコーという楽団に所属しているのですが、もうお亡くなりになって10年になりますが、堀内義勝さんというかたが見えました。彼の作曲で、当時メンバーだった新家さんが、歌手としてデビューする時に贈った曲なんです。」

む「へえ、では、飛騨の歌手で飛騨の人の作曲というわけですか。」

な「そうなんです。作詞も大森清男さんという、飛騨の詩人の作品です。」

む「しりませんでした。」

む「さて、今日のゲストをご紹介します。今日のゲストは、小杉仏壇店 社長 小杉淑子(こすぎよしこ)さんです。小杉さんこんばんは。」
(飛騨センターにあります、ミュージアムひだ学芸員の牛丸岳彦(うしまるたけひこ)さんです。牛丸さんこんばんは。)」

こ(う)「こんばんは」

む「小杉さんは、今度5/11に飛騨センター ミニシアターで開催される飛騨の匠 市民勉強会に講師としてお話をされる予定です。
小杉さん、「修理者からみた飛騨の匠」ということですが、神社仏閣の修理をたくさんされているようですね」

こ「そうなんです。今まで数多くのお寺様の改修をさせていただきました。」

な「高山市内ばかりではなくて、いろんな場所の修理をされているんですか?」

こ「そうですね。最近ではまだ決まっていませんが、新潟のお寺から修復見積もりを依頼されたところです。」

な「数多くのお寺の改修をされて、飛騨の匠の技術が素晴らしいと思うところは、どういうところですか?」

こ「鐘楼の改修をするときに、飛騨の鐘楼は4つ足の裾野が広がった物が多いですが、その足元が腐ってしまっていました。飛騨の匠は、組手と言って、下の部分だけが簡単には抜けない構造になっています。それを現地の方は、ご存じないので、クレーンで全体を吊り上げて、鐘楼を浮かし、そして修理しようと言う話になりました。そんなことまでしなくても修理できるのに、ご存じないと言うことがありました。」

む「お寺の改修をするときに、一番気をつけたところはどこですか?」

こ「今では、どれだけお金をかけてもいいからと言う仕事はほとんどありません。予算が決められている場合が多いです。ですから、塗にしても安く仕上げることも出来るのですが、それでは何百年と持ってきたような建築にはなりません。私どもが、気を付けるのは、檀家さん達とも相談して、どういう修理をさせていただければ、一番いいのか、そういうところに気を付けます。」

な「小杉さんのところで発行されている新聞『おかげさま』を読ませていただき、大変感動しました。檀家さんの思いなども含めて、いろいろと責任をお感じになっているようですが、そのお話をしていただけますか。」

こ「私達が修理したお堂で坊守のおばあさんが、手を合わせて下さいました。その時に『ああ、こんないい修理をして下さって本当にありがとう。』と言って下さいました。ああ、やっぱりいい修理をして、長い事もたせるようなお手伝いができたと思った時に、いい仕事をしてよかったと感じました。 檀家さんも含めて皆さんに喜んでいただけることが、一番の喜びです。」

む「ありがとうございました。もっと伺いたいのですが、時間が迫ってまいりましたので、このつづきは、今度の市民勉強会でお話いただきたいと思います。
さて、曲の方に行きたいと思います。小杉さん、リクエスト曲と選んだ理由をお話くださいますか?」

こ「越路吹雪の『愛の賛歌』をお願いします。 この年になってシャンソンがいいなあと思うようになったので選びました。」

む「はい、では、愛の賛歌をお聞き下さい。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 曲でブレイク

む「小杉さん、長瀬さん、今日はありがとうございました。」

なこ「ありがとうございました。」

む「来週のゲストは、飛騨センター学芸員 牛丸岳彦さんに登場していただく予定です。今後とも『ひだ、歴史再発見!』来週も楽しみにしていてください。」  
Posted by rekisy at 22:45Comments(0)TrackBack(0)