QRコード
QRCODE
おすすめショップ

トマトジュース
ひだっちショップ








/*飛騨百年水素水*/
今話題の飛騨天然水素水。


アクセスカウンタ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。 解除は→こちら
現在の読者数 3人
プロフィール
rekisy
rekisy
飛騨に住んで40年。文化の町「高山」に住んでいながら、知らないことが多い事に気づきました。少しでも、皆さんに知っていただくために、文化のまちおこしを目指します。 「歴史」と「音楽」のまちづくりを目指します。応援してください!
<所属研究会>
飛騨の匠学会 所属
立川流彫刻研究会 後援会会員
山王祭 神楽組 所属
日枝雅楽会 会員
倭舞保存会 責任者
飛騨歴史民俗学会 会員
飛騨古川ふるさと案内人会 準会員
下呂検定2008合格者

元 金森顕彰会 理事
日本ホスピタリティ学会 関西支部 客員聴講者
佐藤一斎研究会 客員会員
オーナーへメッセージ

2007年05月14日

第7回放送終わりました


む「明日はいよいよ乗鞍スカイラインの山開きですね。」

な「そうですね。私はここ3年ほど、演奏を頼まれて行っていましたが、今年は日程の関係でなくなりました。」

む「演奏って、得意のサックスを吹いておられたのですか?」

な「はいそうです、でも、空気が薄いので、管楽器には大変でしたよ。ところで、この空気の薄さを利用した施設が乗鞍にあったのをご存知ですか?」

む「え、空気の薄さですか?確かに乗鞍は3026mですか、空気が薄いですよね。」

な「今は、平和利用で観光道路として発達した乗鞍スカイラインですが、もともとは軍事用道路だったようです。
昭和9年(1934)に乗鞍岳は中部山岳国立公園として指定されましたが、のちの昭和14年に陸軍航空本部は、航空エンジンの高地実験をするための施設建設を計画して、日本各地の候補地から、最終的に乗鞍岳 畳平に白羽の矢が立ったそうです。
実験のための機械器具、材料運搬のための輸送路を建設することが急がれ、スタート地点を松本側にするか、岐阜県側にするか検討された結果、道路は岐阜県側の平湯峠から付けられることになったということです。
その道路ですが、昭和17年にわずか1年で道路を作ったということですから、
当時の陸軍のあせりがあったんでしょうね。」

む「そうなんですか。でも、どうして航空エンジンの開発が必要だったのでしょうか?」

な「それは、広島や長崎を空襲したB-29という飛行機がありましたよね。
その飛行機が当時、1万メートルという上空を飛行していた。飛行機というのは、構造的にタービンを回して空気を圧縮して燃料を爆発させるのですが、
日本の飛行機はゼロ戦をはじめ、プロペラ機の小型機では世界の群を抜いた技術を持っていましたが、小型機では高空へ上昇すると、空気が薄いのでエンジン出力が下がってしまって、どうしても上れなかった。
そのため、高度の高いところでのエンジン開発が不可欠だったというわけです。」

む「その道路が、戦争が終わって平和利用するということになり、スカイラインとして利用されているんですね。」

な「そうなんです。当時、濃飛バスの社長さんが、将来的にバスの運行を可能にするために、道幅を3mの計画から3.6mにするように、軍に申し入れて変更してもらったことが、今日の観光利用ということにつながったんですね。

ところで、乗鞍って、高山側から見ると、女性が横たわった形になっているのはご存知ですか?」

む「え、そうなんですか。そういわれてみれば、そうですねえ」

な「よく見ると、高山側から一番右側の鞍が峰(3026m)のあたりが、女性の顔で、北に向かうと胸があって、横たわっているように見えます。高山出身の詩人 福田夕咲は、『みほとけの思惟の姿に似たらずや 静けきかもよ岳の夕映え』と歌っています。

もともと馬の鞍に似ていることから「鞍が峰」と名付けられ、やがて「乗鞍」と呼ばれるようになったといわれる乗鞍岳ですが、なだらかで女性的な山容は、詩人には弥勒菩薩が横たわっているように見えたのですね。

 北アルプスの南端に位置する乗鞍岳は、最高峰の剣ヶ峰(3,026m)をはじめとして、大日岳・摩利支天岳など23の峰、権現池・五ノ池など7つの湖、桔梗ヶ原など8つの平原があります。新生代の第4紀(1万年程前)の火山活動にできた火山帯で有史時代の噴火記録はありませんが、気象庁では活火山と認定されているそうです。」

む「いま、御岳が活火山ですが、乗鞍もそうなんですね」

な「そうらしいですね。焼岳も御岳も私が小学校の時に噴火したことを覚えていますから、それにはさまれた乗鞍が活火山でも不思議ではありませんね。」

ところで、地元丹生川村の作成した乗鞍岳略年表には、「807年(大同2)坂上田村麻呂将軍、乗鞍岳登山し大願成就を祈願(伝)」とある。しかし坂上田村麻呂は、同じ807年に奥州の蝦夷(えみし)征伐を祈願して、各地に神社や寺を100以上も建てたといわれ、年齢も50歳になっていたことから、本当に本人が登頂したのだろうかという疑問が残ります。

また、平安時代には、木曽義仲の書記、大夫覚明(だゆうかくめい)乗鞍岳奥の院(大日岳)に大日如来を安置したり、円空は大丹生池に円空仏を沈めたといわれていますし、山祠を修復した明覚法師(みょうがくほうし)などの名が伝えられています。乗鞍岳は神の山として、人と神仏が出会う場であり、天と地を結ぶ神秘の山であったということです。

 時代は下って、1877年(明治10)、英国人ウィリアム・ガウランドが乗鞍岳に登り、飛騨の山々を「日本アルプス」と命名した。その15年後の1892年(明治25)、同じ英国人宣教師ウォルター.ウエストンが乗鞍岳に登頂。世界に乗鞍岳が知れ渡るようになったということです。」

む「もっといろいろとお聞きしたいのですが、今日も素敵なゲストをお招きしておりますので、曲のほうへうつりたいと思います。長瀬さん、曲紹介をお願いします。」

な「はい、今月の曲は、『飛騨の匠』です。飛騨が生んだ歌手 しんや修一さんのデビュー曲です。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
曲でブレイク

む「この曲を選ばれたきっかけはなんですか?」

な「私は、高山スイングエコーという楽団に所属しているのですが、もうお亡くなりになって10年になりますが、堀内義勝さんというかたが見えました。彼の作曲で、当時メンバーだった新家さんが、歌手としてデビューする時に贈った曲なんです。今日も天国で堀内さんが聞いてくれていると思います。」

む「この曲は、飛騨の歌手で飛騨の人の作曲というものなんですね。」

な「そうなんです。作詞も大森清男さんという、飛騨の詩人の作品です。」

む「さて、今日のゲストをご紹介します。今日のゲストは、飛騨センターにあります、岐阜県ミュージアムひだ学芸員の牛丸岳彦(うしまるたけひこ)さんです。牛丸さんこんばんは。」

う「こんばんは。」

む「牛丸さんには、この前、屋台を作った道具展でいろいろとわかりやすくご説明いただきまして、
ありがとうございました。それにしても今まで、いろんなゲストの方に登場いただきましたが、お若いですねえ。お年を伺ってもよろしいですか?」

う「はい、34歳です。」

む「牛丸さんは若い方ですけど、いろいろと高山の歴史をよく知っておられるんですよね。」

な「そうです。わたしよりずいぶん詳しい方で、わたしにとっても大事な人です。」

む「そうなんですか。よろしくお願いします。ところで、牛丸さんは、考古学にお詳しいと言うことですが、最近では秋葉様の研究をしておられるということですが。」

う「はい。考古学の分野と秋葉様の研究はちょっとジャンルが違うんですが、最近、秋葉様の調査をしまして、いろいろと調べて見ました。」

な「ここで、恵子さんに質問ですが、高山に秋葉様はいくつあるでしょうか?
じゃあ、答えは、①30くらい、②50くらい、③それ以上 のどれでしょうか?」

む「そうですねえ、結構高山にはありますよね。確か、③ですよね。」

な「はい、大正解です!よく知っていましたね。」

む「実は、先日読んだパンフレットに66って書いてありましたので、知っていました。」

な「なあんだ、ならよくご存知だったと言うことですね。牛丸さん、実際にはいくつですか?」

う「そうですね。私が確認したところでは、66だったんですが、上三之町の家の中にある秋葉様を数え忘れていまして、67というのが正解です。」

む「それで、神社ですからお祭があるんですよね。」

う「はい、基本的に秋葉様のおまつりは年に3回あります。正五九といって、お正月と、五月と九月にお祭りをやられるところが多いようです。でも、場所によっては月に2回やられるところもあります。」

む「どうしてこんなにたくさん、秋葉様があるんですか?」

う「やはり高山は昔から火事が多くて、そのために火に対する信仰というのが厚くなって行ったんだと思います。」

な「私の調べたところでは、昔から高山で700軒以上焼けた火事が5回、200回以上となると11回もあったんですよ。そのため、大切な高山祭りの屋台も焼けてしまったと言う記録があります。」

む「へえ、屋台も焼けてしまったんですか。 私もこのヒッツのまっすぐ行ったところの橋、そうですね筏橋のところの秋葉様のお祭りをされているのを見た事があるんですが、氏子は、やっぱり町内の人がやっておられるのですか?」

う「そうですね。実際にはもっと小さな単位で、屋台組毎に行なわれている場合が多いようです。

中でも面白かったのは、毎日、秋葉様の火を替えておられるところがあって、その火をサラダ油を
使って持っていったりしておられる組がありました。そこには、秋葉様セットのようなものが箱にしまってあり、その箱を当番の所へ渡すと、その家の人がそのセットを使って夜に火を灯しに行かれる。
そういう風習が残っているんですね。」

む「ありがとうございました。もっと伺いたいのですが、時間が迫ってまいりましたので、曲の方に行きたいと思います。牛丸さん、リクエスト曲と選んだ理由をお話くださいますか?」

う「コブクロの「エール」 をお願いします。」

ーーーーーーーーーーーー曲でブレイクーーーーーーーーーーーーーーー

む「牛丸さん、この曲はどうしてお選びになったのですか?」

う「はい、聞いていて何となく元気が出てくるので選びました。」

む「コブクロのエールをお届けしました。さて、今日も長瀬さんと一緒に「ひだ、歴史再発見!」を
お届けしてまいりましたが、来週もお楽しみ下さい。長瀬さん、来週のゲストはどなたですか?」

な「はい、古川の有名な案内人 鮎飛貞男さんをゲストにお迎えします。」

む「また来週もお楽しみに。 牛丸さん、長瀬さん、今日はありがとうございました。」

なう「ありがとうございました。」

  
Posted by rekisy at 22:42Comments(0)TrackBack(0)