2007年05月18日
金山へ調査に行きました
金森頼直あての書状や、江戸時代の知行地の地図などを拝見し、いろんな話を伺うことができました。
・昔、金山町は下原までは天領で、遠藤家の旗本知行地2つと、尾張領が合併してできた町だそうです。
・村ではあまり米が実らなかったため、川の木材流しを仕事としていたために、上流と下流では争いが耐えなかったそうです。
・金山町の人は、わざと木材を門原であげて陸送したために、下原に木材が届かず、争いになりました。
・また、下原から金山に渡す船は、金山町の管理だったために、船賃を取っていたのですが、後日、申し渡しがあり、下原の人間は無料となったそうです。
・川の向こうとこちらではあまり行き来がなかったようですが、下原の上手に中津原と言う場所があり、そこにあったお店に物を買いに来るのに、筏場があったそうです。
などなど、いろんな話を伺う事ができました。




