2007年11月23日
11月5日放送分です
皆さん、お久しぶりです。
ブログの方、ながらくお休みしてしまいました。
申し訳ございません。
11月から一人で放送する事になりました。よろしくお願いします。
さて、11月5日の放送分です。
ひだ歴史再発見 平成19年11月5日放送分原稿

みなさん、こんにちは。この時間は、ひだ歴史再発見のコーナーです。
このコーナーは、飛騨の生涯学習者第2号、長瀬公昭がお届けしてまいります。
この番組ですが、今年の4月にスタートしまして、10月までの半年間は、村田恵子ナビゲーターと一緒にお届けしてまいりましたが、この11月からは、私が一人でお届けする事になりました。一人でお話しするのは初めてですが、どうぞよろしくお願いいたします。
この番組ですが、10月までは30分番組としてお届けしてまいりましたが、これからは15分の番組となります。放送時間は、毎週月曜日夜7時半からの15分間と、録音で毎週土曜日の10時半から15分間、こちらは再放送でお届けします。
さて、今月の放送は、4月から今までお届けした内容をもう一度振り返ってみたいと思います。
今年は、高山の町を作った「金森長近公 没後400年」ということで、高山市内のあちこちでイベントが繰り広げられていますね。現在も、10月30日から高山市郷土館の方で、「金森長近展」が開催中です。
すでに見に行かれた方もいらっしゃいますか? 私も先日、時間を見つけて行ってきましたが、金森長近が着用した陣羽織など普段は見る事のできないものや、金森氏にゆかりのものなど、いろいろ展示されていますので、一度ご覧になるといいと思います。
この金森長近と言う人、1608年8月12日にお亡くなりになりました。正確には来年で没後400年と言う事になります。彼は、この高山の城下町を作った事で知られていますが、天正13年に豊臣秀吉の命令で、越前大野から飛騨に侵攻し、飛騨を平定しました。
高山の城下町を作るときに、最初は松ノ木にある鍋山城下の付近を考えたようですが、結局は天神山と呼ばれていた現在の城山に城を築きました。
その工事は、じつに16~7年もの歳月をかけて作られましたが、一番の難工事は、宮川の川の流れを変える事でした。当時の宮川は、現在の上一之町のあたりを流れていましたが、中橋の少し上流のあたりから流れを変え、現在の流れにしたそうです。
また、その川を埋めるために、現在の馬場町あたりにあった山を削り、平らにしました。そこから出た土砂を下へ落とし、宮川の流れを埋めたそうです。
そこへ、一之町、二之町、三之町といった町人町を作ったために、そこには宮川の伏流水が流れ込み、豊富な地下水が得られる事から、おいしいお酒づくりや醤油づくりといった産業が後に栄えました。
橋も昔は3箇所で、一番南のものは、現在の枡形橋の少し下流のところに大手橋。現在の鍛冶橋のところには鍛冶橋。そしてそのまん中の橋と言う事で作られたのが中橋でした。
一方、江名子川も現在の流れとは違う流れでした。現在の鉄砲町のところで大きく左に曲がっていますが、もともとはあのあたりから北進し、現在の勝久寺あたりで落ち込んで宮川に流れていたそうです。
その流れを、鉄砲町から左京町に至るあたりでせき止め、弥生橋のところで宮川に合流するように流れを変えたそうです。
こうすることによって、城の堀の代わりとして2つの自然の川を利用したんですねえ。
さて、今日のお話はこの辺にして、この曲でお別れしましょう。
オフコースで「眠れぬ夜」をお届けします。
ブログの方、ながらくお休みしてしまいました。
申し訳ございません。
11月から一人で放送する事になりました。よろしくお願いします。
さて、11月5日の放送分です。
ひだ歴史再発見 平成19年11月5日放送分原稿

みなさん、こんにちは。この時間は、ひだ歴史再発見のコーナーです。
このコーナーは、飛騨の生涯学習者第2号、長瀬公昭がお届けしてまいります。
この番組ですが、今年の4月にスタートしまして、10月までの半年間は、村田恵子ナビゲーターと一緒にお届けしてまいりましたが、この11月からは、私が一人でお届けする事になりました。一人でお話しするのは初めてですが、どうぞよろしくお願いいたします。
この番組ですが、10月までは30分番組としてお届けしてまいりましたが、これからは15分の番組となります。放送時間は、毎週月曜日夜7時半からの15分間と、録音で毎週土曜日の10時半から15分間、こちらは再放送でお届けします。
さて、今月の放送は、4月から今までお届けした内容をもう一度振り返ってみたいと思います。
今年は、高山の町を作った「金森長近公 没後400年」ということで、高山市内のあちこちでイベントが繰り広げられていますね。現在も、10月30日から高山市郷土館の方で、「金森長近展」が開催中です。
すでに見に行かれた方もいらっしゃいますか? 私も先日、時間を見つけて行ってきましたが、金森長近が着用した陣羽織など普段は見る事のできないものや、金森氏にゆかりのものなど、いろいろ展示されていますので、一度ご覧になるといいと思います。
この金森長近と言う人、1608年8月12日にお亡くなりになりました。正確には来年で没後400年と言う事になります。彼は、この高山の城下町を作った事で知られていますが、天正13年に豊臣秀吉の命令で、越前大野から飛騨に侵攻し、飛騨を平定しました。
高山の城下町を作るときに、最初は松ノ木にある鍋山城下の付近を考えたようですが、結局は天神山と呼ばれていた現在の城山に城を築きました。
その工事は、じつに16~7年もの歳月をかけて作られましたが、一番の難工事は、宮川の川の流れを変える事でした。当時の宮川は、現在の上一之町のあたりを流れていましたが、中橋の少し上流のあたりから流れを変え、現在の流れにしたそうです。
また、その川を埋めるために、現在の馬場町あたりにあった山を削り、平らにしました。そこから出た土砂を下へ落とし、宮川の流れを埋めたそうです。
そこへ、一之町、二之町、三之町といった町人町を作ったために、そこには宮川の伏流水が流れ込み、豊富な地下水が得られる事から、おいしいお酒づくりや醤油づくりといった産業が後に栄えました。
橋も昔は3箇所で、一番南のものは、現在の枡形橋の少し下流のところに大手橋。現在の鍛冶橋のところには鍛冶橋。そしてそのまん中の橋と言う事で作られたのが中橋でした。
一方、江名子川も現在の流れとは違う流れでした。現在の鉄砲町のところで大きく左に曲がっていますが、もともとはあのあたりから北進し、現在の勝久寺あたりで落ち込んで宮川に流れていたそうです。
その流れを、鉄砲町から左京町に至るあたりでせき止め、弥生橋のところで宮川に合流するように流れを変えたそうです。
こうすることによって、城の堀の代わりとして2つの自然の川を利用したんですねえ。
さて、今日のお話はこの辺にして、この曲でお別れしましょう。
オフコースで「眠れぬ夜」をお届けします。
2007年11月23日
新番組になりました
(金森長近公 銅像 城山公園)
ひだ歴史再発見! お聞きいただいていますでしょうか?
ブログの方、長らく更新できずにすいませんでした。相変わらず調査で走り回っていました。
さて、番組の方は、今日から新番組としてスタートします。
放送時間は 毎週月曜夜7時半からと 毎週土曜日午前10時半からの2回です。
よろしくお願いいたします。
徳積善太
ひだ歴史再発見! お聞きいただいていますでしょうか?
ブログの方、長らく更新できずにすいませんでした。相変わらず調査で走り回っていました。
さて、番組の方は、今日から新番組としてスタートします。
放送時間は 毎週月曜夜7時半からと 毎週土曜日午前10時半からの2回です。
よろしくお願いいたします。
徳積善太




