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プロフィール
rekisy
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飛騨に住んで40年。文化の町「高山」に住んでいながら、知らないことが多い事に気づきました。少しでも、皆さんに知っていただくために、文化のまちおこしを目指します。 「歴史」と「音楽」のまちづくりを目指します。応援してください!
<所属研究会>
飛騨の匠学会 所属
立川流彫刻研究会 後援会会員
山王祭 神楽組 所属
日枝雅楽会 会員
倭舞保存会 責任者
飛騨歴史民俗学会 会員
飛騨古川ふるさと案内人会 準会員
下呂検定2008合格者

元 金森顕彰会 理事
日本ホスピタリティ学会 関西支部 客員聴講者
佐藤一斎研究会 客員会員
オーナーへメッセージ

2007年11月29日

月が瀬伝説2

先日お伝えした「月ケ瀬伝説」の少し違った見方があるようです。

飛騨木工連合会(監修:匠学会)の発行した「新飛騨の匠物語」には先日掲載
したものと、少し違った記述がされています。


「飛騨の匠(止利仏師)
 むかし、九郎兵衛という百姓が小鳥川に沿う余部の里に住んでいました。来る日も来る日も暗いうちから、山仕事に、田畑に精出しても暮らしは少しもよくなりません。さらに九郎兵衛を暗くしたのは、一人娘の忍のことでありました。
 
 忍はうまれつき見るにたえないような醜い顔の女でありました。25歳をすぎたというのにお婿さんも見つかりません。「困ったなぁ、あの娘には」「早いこと婿をさがさにゃ、おれたちの末が心配じゃ」こんな話を聞くにつけますます自分の醜さが恥ずかしくなり外にも出ず、一人寂しく夜じゅう泣いて泣き通したこともありました。

 今年も村祭りがやってきました。一年一夜の楽しい村祭りの夜、忍はにぎやな鎮守の森へはいかず、川辺の淵にぼんやりとたたずんでいました。淵には、満月の月が映っていました。遥か籾糠山から一羽の鳥が川に映る月影に飛び込んだのであります。忍は美しい月影をすくって飲みほしました。

 このことがあってから、この里には月影が映らなくなり里人はこのあたりを月ヶ瀬と呼ぶようになりました。月影をすくって飲みほした娘忍は、不思議にも身ごもってしまいました。九郎兵衛は、父親のいない子を生むなんてそんな恥ずかしいことはないと、人里離れた山中に住まわせました。「お月さまより授かった子」「天より授かった子」といわれ、この土地を「天生」と呼ぶようになりました。

 生まれた子供は、鳥のような首をしていたので人々は「鳥」と呼びました。鳥は小さい頃から神技的な才能をもっており、鳥が作った木彫りの人形は人間のように働きました。鳥はその人形をつかって一日で田を造り稲を植えました。稲は一夜のうちに実り、夜が明けてみると穂が垂れていました。脱穀をした籾殻で山ができたそうです。

 その住居跡が、今でも天生湿原に匠屋敷として残り、稲田は田形(天生湿原)をなし、両方合わせて「田形屋敷」と呼ばれ、籾がらの山は「籾糠山」と呼ばれています。
 鳥は17歳にして旅立ちをしました。鳥はその後「止利仏師」として名を残し、法隆寺の金堂には釈迦三尊像・壁画等の作品が残っています。
          (河合村発行の「パンフレット」より転載)
              (資料提供/かわい夢らんど塾)」


やはり、伝説と言うのは、いろいろと脚色されて伝わっていくものなんですね。

徳積善太