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プロフィール
rekisy
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飛騨に住んで40年。文化の町「高山」に住んでいながら、知らないことが多い事に気づきました。少しでも、皆さんに知っていただくために、文化のまちおこしを目指します。 「歴史」と「音楽」のまちづくりを目指します。応援してください!
<所属研究会>
飛騨の匠学会 所属
立川流彫刻研究会 後援会会員
山王祭 神楽組 所属
日枝雅楽会 会員
倭舞保存会 責任者
飛騨歴史民俗学会 会員
飛騨古川ふるさと案内人会 準会員
下呂検定2008合格者

元 金森顕彰会 理事
日本ホスピタリティ学会 関西支部 客員聴講者
佐藤一斎研究会 客員会員
オーナーへメッセージ

2007年11月30日

飛騨の匠の伝説1

飛騨の匠の伝説について、先に御紹介した「飛騨の伝説」(昭和9年刊行)の中に
「飛騨の匠の伝説」がありましたので、ご紹介します。

「飛騨の工(その2)

いつの頃かたいへんすぐれた腕の飛騨の工がいた。
日本国内に並ぶ者がないので、かねて噂に聞く唐の国へ行って修業したいと考えた。
ある日鶴が悠々ととんでいくのを見て大いに悟り、身を清め心をこめて大きな木で鶴をつくった。
心血そそいだだけあってそれはそれは見事な出来栄えであった。
そしてその木の鶴は元気よく羽ばたきをした。工はこれに乗って千人の雲上をかけるように西へ西へと進んだ。

程へて越前の国の上空にさしかかった処、この国の弓の名人が怪しいとにらみ、空をかける
この鶴に向って矢を放ったが、幸に矢は鶴の体にも工にもあたらず翼を射抜きとび去った。
その時翼の羽の落ちた処を羽形と呼ぶようになった。
工は負傷した鶴をはげまし、とうとう大会を渡って唐の国へ着き、彼の国随一と聞こえた工匠の
弟子となり、のち唐の玄宗皇帝のお抱え大工として並ぶ者のない名工となった。

長年異国にあった工は、桜咲く大和の国がなつかしく、再び木の鶴に打ち乗って大和の国の都へ帰った。
工の帰国後、唐にあった彼の仮の妻が玉の様な男子を産み落した。
この子が13歳になった時まだ見たことのない父が恋しく、遂に母の許しを得て便船を求め、
長い船旅の浪にもまれ、漸く父の在ます大和の国土をふんだのであった。探し求めて吾が父
工を訪ねたが、工はこの子に疑を抱き一室に閉じ込め錠をおろし「お前がほんとうに私の子ならば、
この室にこもってこの木で仏像の左半身を刻め。我も亦右半身を造ろう。この二つが合して一体の
仏像になったら慥(たしか)に私の子だ。」と言った。

やがて各々刻んだのを合わせたら、不思議にも一厘の差もなくピッタリ合って、一体の尊い仏像に
なった。ここに始めて親子の名のりをあげたということである。
 
(高山市国分寺の工堂には、この工の木蔵が祀られている。号して飛騨工木鶴大明神と言い、
大工の守り神様として信者が多い)」


明日は、この伝説の一部にある「羽形=はかた=博多」のことである資料を掲載します。

徳積善太



  
Posted by rekisy at 20:57Comments(0)TrackBack(0)飛騨の伝説