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プロフィール
rekisy
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飛騨に住んで40年。文化の町「高山」に住んでいながら、知らないことが多い事に気づきました。少しでも、皆さんに知っていただくために、文化のまちおこしを目指します。 「歴史」と「音楽」のまちづくりを目指します。応援してください!
<所属研究会>
飛騨の匠学会 所属
立川流彫刻研究会 後援会会員
山王祭 神楽組 所属
日枝雅楽会 会員
倭舞保存会 責任者
飛騨歴史民俗学会 会員
飛騨古川ふるさと案内人会 準会員
下呂検定2008合格者

元 金森顕彰会 理事
日本ホスピタリティ学会 関西支部 客員聴講者
佐藤一斎研究会 客員会員
オーナーへメッセージ

2007年12月01日

鶴の墓(鞍作止利の伝説2)

平成19年7月21日から9月9日まで高山市の「飛騨世界生活文化センター」で行われた
「飛騨の匠展」にて、次のような展示を行いました。

福岡県の博多には、鞍作止利の乗った鶴の墓が存在し、福岡市史「大宰府市史」(200119GAKUさん、よりの情報)にその記述があります

以下は、福岡市史「大宰府市史」に実際にある記述です。


鶴の墓(榎寺)
榎社の前、踏み切りのすぐ傍らに、楕円形の自然石が立っている。これを「鶴の墓」または「碑」といって、木で作った鶴が、空を飛んだ話が伝わっている。
昔、飛騨の匠が、木で大きな鶴を作った。すばらしい出来栄えで、匠はそれに乗って空を飛んでみたいと思った。匠がつるの背にまたがると、その鶴は、ゆっくりと羽ばたいて、青空高く見事に舞い上がった。鶴は匠を乗せて飛び続け、唐土(中国)まで行った。
やがて、日本へ帰る途中、唐土の人は怪しんで、匠と鶴に向かって遠矢を放った。鶴の片方の羽は矢が当って折れてしまった。匠は片羽になった鶴をあやつって、ようやく大宰府のあたりまで飛んで来たが、とうとう力尽きた鶴は榎社の近くに落ちた。匠は、鶴をいとおしんで、そこに手厚く埋葬し、故郷の飛騨に帰ったという。
 この鶴の片羽が折れて落ちた海辺の津を「片羽の津」といい、やがて転訛して「羽片の津」となり「博多の津」となったといわれている。
 他に、飛騨の匠ではなく、博多の大工の名人が木で鶴を作り、不時着した場所は、通古賀の「鶴の屋敷」、現在の小字鶴畑あたりだ、という話も土地に伝えられている。

(博多市史 第五編 文化伝承 第3章口頭伝承 P1034)

徳積善太