2007年12月06日
塩屋秋貞について
丹生川の今の丹生川中のところに、尾崎城というお城がありました。
そこの城主は、塩屋秋貞といい、一説によると永禄7年に武田が攻めてきたときに、
城を追われ、古川の蛤城にこもります。
そこも追われて、越中に逃げ延び、大沢野の猿倉城主になったと伝えられています。
その後、上杉方につきますが、富山の一向一揆をかばうために、上杉より追われて、
最後は、宮川村で命を落とした武将です。
この説には、いろいろ異説があり、塩屋の名から、商人だったと言う説や、上杉に
ついていたのではなくて、三木の武将として、上杉との交信役として仕えていたとか、
はっきりしていません。
いま、調べている事は、富山の郷土史家の先生の論文です。
いろいろと面白い事がかかれています。また整理してご報告いたします。
徳積善太




