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プロフィール
rekisy
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飛騨に住んで40年。文化の町「高山」に住んでいながら、知らないことが多い事に気づきました。少しでも、皆さんに知っていただくために、文化のまちおこしを目指します。 「歴史」と「音楽」のまちづくりを目指します。応援してください!
<所属研究会>
飛騨の匠学会 所属
立川流彫刻研究会 後援会会員
山王祭 神楽組 所属
日枝雅楽会 会員
倭舞保存会 責任者
飛騨歴史民俗学会 会員
飛騨古川ふるさと案内人会 準会員
下呂検定2008合格者

元 金森顕彰会 理事
日本ホスピタリティ学会 関西支部 客員聴講者
佐藤一斎研究会 客員会員
オーナーへメッセージ

2008年01月11日

塩屋秋貞の墓2(西猪谷)

塩屋秋貞は、宮川町の墓碑によると「猪谷の砂場で銃創を負い・・・」となっていましたので、
その場所がどの辺かと思い、確認に行きました。

西猪谷にある、猪谷関所館の中村前館長さんにお会いすることができ、お話を伺うと、
「実は、秋貞の墓が猪谷にもあるんです」ということでした。

猪谷関所館の裏手に高山線の線路があり、そこから高山方面に行ったところのトンネルの上です。


裏手の山道をいくと、そこには、旧越中西街道がありました。


上りきるところのすぐ左手のところにそのお墓がありました。


このお墓については、伝承でしかありませんが、かなり古い武士の墓です。
奥の3つについては、越中西街道沿いにあった3つの石仏を現在地に最近移転したものであるとのこと。

それにしても、宮川町で亡くなったと伝えられる秋貞の遺骨か遺髪を分骨して現地に埋めたものであるのか、
それともここで亡くなって、生まれ育った飛騨の地 宮川町へ分骨したのか謎が多いです。

宮川町のお墓の場所とこの猪谷の場所とでは、かなり(10km以上)はなれており、銃創に倒れた人を
越中西街道の急峻な場所を経て、そこまで家来が運んで行ったとも考えにくく、いったいこれはどういう
ことであるのか、ロマンが広がります。

徳積善太
  
Posted by rekisy at 08:00Comments(0)TrackBack(0)調べていること