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プロフィール
rekisy
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飛騨に住んで40年。文化の町「高山」に住んでいながら、知らないことが多い事に気づきました。少しでも、皆さんに知っていただくために、文化のまちおこしを目指します。 「歴史」と「音楽」のまちづくりを目指します。応援してください!
<所属研究会>
飛騨の匠学会 所属
立川流彫刻研究会 後援会会員
山王祭 神楽組 所属
日枝雅楽会 会員
倭舞保存会 責任者
飛騨歴史民俗学会 会員
飛騨古川ふるさと案内人会 準会員
下呂検定2008合格者

元 金森顕彰会 理事
日本ホスピタリティ学会 関西支部 客員聴講者
佐藤一斎研究会 客員会員
オーナーへメッセージ

2008年01月13日

飛騨登せ魚と登せ塩

江戸時代、富山藩領でとれた魚は富山、加賀藩領でとれた魚は金沢へ送ることがきまりになっていました。
しかし、ブリは塩漬けにして、西猪谷関所を通って、飛騨地方にもたくさん送られました。

これを飛騨登せ魚といいます。おなじように富山藩が買った塩の一部も送られ(登せ塩)、
飛騨地方の人びとの生活に役立ちました。

猪谷には、西街道沿いに西猪谷関所(富山藩)、東街道沿いに東猪谷関所(加賀藩)がありました。
もともと、富山藩は加賀藩の一部でしたが、富山藩が分藩するときに、神通川沿いの7つの鉱山(かなやま)
と東猪谷関所は、加賀藩のものとして残し、加賀藩の重要な資金源となっていました。

東猪谷関所では、出国者や荷物を大変厳しく吟味し、口銭の取立てを行いました。

一方で、飛騨に入ると、そこは天領ですが、天領側にも番所と呼ばれる関所がありました。
越中東街道には、荒田口番所。中街道には、中山口番所。西街道には小豆沢番所があり、それぞれで
飛騨に入国する荷物や人間をチェックし、口銭をとっていました。
飛騨には、17箇所のこういった番所が設けられ、入国するものを厳しくチェックしていたそうです。

「通行の決まり  関所を通るには、許可証(過書)が必要でした。国を出る人、とくに女の人はきびしく
調べられました。逆に、国に入るときは調べはゆるやかでした。関所の近くに住んでいたり、商売の
ために関所を何回も通らなければならない人には、特別のきまりがありました。」


徳積善太

  
Posted by rekisy at 08:15Comments(0)TrackBack(0)調べていること