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プロフィール
rekisy
rekisy
飛騨に住んで40年。文化の町「高山」に住んでいながら、知らないことが多い事に気づきました。少しでも、皆さんに知っていただくために、文化のまちおこしを目指します。 「歴史」と「音楽」のまちづくりを目指します。応援してください!
<所属研究会>
飛騨の匠学会 所属
立川流彫刻研究会 後援会会員
山王祭 神楽組 所属
日枝雅楽会 会員
倭舞保存会 責任者
飛騨歴史民俗学会 会員
飛騨古川ふるさと案内人会 準会員
下呂検定2008合格者

元 金森顕彰会 理事
日本ホスピタリティ学会 関西支部 客員聴講者
佐藤一斎研究会 客員会員
オーナーへメッセージ

2008年01月23日

ショック!(ToT)

大切なハードディスクを落としてしまいました。

いま入院しています。インターフェイスが壊れて接続ができません。
データはわかりません。
一応、11月末までのデータはバックアップしてありますが、それ以降に結構沢山の
データを作っていますので、もし見れなくなったらショックです。

どうか直りますよう!

rekisy
  
Posted by rekisy at 19:51Comments(2)TrackBack(0)

2008年01月23日

彫に生きる「谷口与鹿ものがたり」5



◇叔父紹芳の死(七歳)
文政十一年(一八二八)、そんな悲しみの中に暮れる谷口家に、追い討ちをかけるように更なる不幸が訪れる。
三月におすみ、八月のおつねの一周忌を済ませないうちに、今度は与鹿の叔父の紹芳が相次いで亡くなる。
父延儔は、自分の娘ばかりでなく、最大の右腕とも言える紹芳を失ったことは相当大きな痛手であったに違いない。
このとき、紹芳は十年前に日枝神社神輿の完成をし、このころになってやっと一人前の棟梁として一人立ちできた状態で、延次にとっても権之守拝受と共にこの上ない喜びではあったが、好事魔多しとはこのことで、不幸も続いた。紹芳がすでに下絵も完成させ手がけていた「竜神台基礎」を延儔は、彼の代役として悲しみの中で完成させることになる。

◇母の強さ
文政十三年(一八三〇)頃になると、与鹿の遊び相手でもあった姉たきも年頃となり叔父の一周忌も済ませたので祝言をあげる。
祖母ぎんもようやく安どのここちになったのか、十月にこの世を去る。七十三歳であった。
娘二人、自分の右腕、そして最愛の母までをも失った父母延儔とお佐野であった。中でもお佐野はこの「人の死」ということを通じて息子与鹿にも強く生きることを教えたに違いない。自分はこの時期に精神的な強さを持ったからこそ、当時としては長命の八十四歳までのちのち生きることになる。

つづく