2008年01月23日
ショック!(ToT)
大切なハードディスクを落としてしまいました。
いま入院しています。インターフェイスが壊れて接続ができません。
データはわかりません。
一応、11月末までのデータはバックアップしてありますが、それ以降に結構沢山の
データを作っていますので、もし見れなくなったらショックです。
どうか直りますよう!
rekisy
いま入院しています。インターフェイスが壊れて接続ができません。
データはわかりません。
一応、11月末までのデータはバックアップしてありますが、それ以降に結構沢山の
データを作っていますので、もし見れなくなったらショックです。
どうか直りますよう!
rekisy
2008年01月23日
彫に生きる「谷口与鹿ものがたり」5
◇叔父紹芳の死(七歳)
文政十一年(一八二八)、そんな悲しみの中に暮れる谷口家に、追い討ちをかけるように更なる不幸が訪れる。
三月におすみ、八月のおつねの一周忌を済ませないうちに、今度は与鹿の叔父の紹芳が相次いで亡くなる。
父延儔は、自分の娘ばかりでなく、最大の右腕とも言える紹芳を失ったことは相当大きな痛手であったに違いない。
このとき、紹芳は十年前に日枝神社神輿の完成をし、このころになってやっと一人前の棟梁として一人立ちできた状態で、延次にとっても権之守拝受と共にこの上ない喜びではあったが、好事魔多しとはこのことで、不幸も続いた。紹芳がすでに下絵も完成させ手がけていた「竜神台基礎」を延儔は、彼の代役として悲しみの中で完成させることになる。
◇母の強さ
文政十三年(一八三〇)頃になると、与鹿の遊び相手でもあった姉たきも年頃となり叔父の一周忌も済ませたので祝言をあげる。
祖母ぎんもようやく安どのここちになったのか、十月にこの世を去る。七十三歳であった。
娘二人、自分の右腕、そして最愛の母までをも失った父母延儔とお佐野であった。中でもお佐野はこの「人の死」ということを通じて息子与鹿にも強く生きることを教えたに違いない。自分はこの時期に精神的な強さを持ったからこそ、当時としては長命の八十四歳までのちのち生きることになる。
つづく




