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プロフィール
rekisy
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飛騨に住んで40年。文化の町「高山」に住んでいながら、知らないことが多い事に気づきました。少しでも、皆さんに知っていただくために、文化のまちおこしを目指します。 「歴史」と「音楽」のまちづくりを目指します。応援してください!
<所属研究会>
飛騨の匠学会 所属
立川流彫刻研究会 後援会会員
山王祭 神楽組 所属
日枝雅楽会 会員
倭舞保存会 責任者
飛騨歴史民俗学会 会員
飛騨古川ふるさと案内人会 準会員
下呂検定2008合格者

元 金森顕彰会 理事
日本ホスピタリティ学会 関西支部 客員聴講者
佐藤一斎研究会 客員会員
オーナーへメッセージ

2008年01月26日

彫に生きる「谷口与鹿ものがたり」7

◇師匠 中川吉兵衛

彫吉こと、師匠中川吉兵衛は文化十三年ごろ以前に、諏訪の和四郎に宮大工の技術を習った
という説がある。
下三之町に居住していた。文化十三年(一八一六)高山 東照宮の本殿の彫刻(写真)を完成させ、
飛騨で一躍有名になる。

「第十八代飛騨郡代芝与市右衛門正盛の要請と、桜山長久寺良賢法院(現桜山八幡宮別当職)
や、江戸にいた金森家ゆかりの者たちの奔走により、文化十三年(一八一六)荒廃していた
東照宮の再建が始められ、主任工匠は水間相模守宗俊であったが、谷口権之守延儔も建築に
参画し、彫刻はすべて中川吉兵衛がてがけている。(東照宮文献)」とある。
中川吉兵衛がそれ以前から工匠谷口家にいたものか、このとき初めて高山に来たものかは不明
だが、それ以後は谷口家工匠の一人として、宮彫りや屋台彫刻に関わっている。(種蔵泰一氏)


吉兵衛の有名な作品は、文化八年(一八一一)に完成させた布袋台中段の六頭の唐獅子彫刻
や上段欄間の「波に龍」・屋根下棟下の「雲に鏡」。文政年間(一八一八頃か)、谷口家において
設計された石橋台(現在の石橋台の前身)、弘化二年(一八四五)に改修された麒麟台の上段・
中段欄間の彩色牡丹の彫刻。山王神楽台の牡丹彫刻。そのほか神社の彫刻にいたるまで数
多い彫刻を携わっていたものと思われる。

(追記:この人については、謎が多く、どこから来たのか、またどこでなくなったのか全く不明であり、
高山にとっては忽然と現われて、忽然と高山から去っている。立川流の彫刻師の系図にもその名
が無く、どこで彫刻の技術を身に着けたかは全く不明の人である。)

徳積善太