2008年01月27日
彫に生きる「谷口与鹿ものがたり」8
◇吉兵衛と弟子与鹿
中川吉兵衛は、二代目和四郎富昌の弟子ではないかと伝えられている。しかし、和四郎の系統図
にその名がなく、どの弟子について習ったかは未だに不明である。したがって、立川流の彫刻技法
を身につけていたということには疑問が残る。
後日談であるが、立川流彫刻研究家間瀬恒祥氏が平成になって調査したところによると、「ノミの
使い方等が宮大工の技法が見られるが立川流の流れであるとは断定しにくい」とのことであり、
また、「立川流の関係者であると言う証拠も見つかっていない。」とのお話であった。
吉兵衛は、彫刻の才を与鹿に見出し、彫刻の技術を熱心に教え込んだことだろう。

立川流の彫刻では、当時獅子や牡丹、鳥などの彫刻がもっとも盛んな頃であった。五台山の
彫刻(写真)を見た時にノミの使い方・木目の使い方などを、弟子入りした与鹿に熱心に教え込んだ事
は間違いないと思われる。与鹿には、子供ながらにすごい技術を持った師匠であると映ったに違い
ない。
このとき与鹿は、下絵を取ること、その下絵をもとに荒彫りをし、習作をすること、最終仕上げ彫刻を
すること、そして和四郎の流れである「木目を活かすこと」の技術を習得していく。
また、生活もすべて身の回りの事は自分でやっていかなくてはならないという生活に様変わりする。
ただし、自分で家事などをしたことのない人間は、自分の興味のある事ばかりに没頭し、掃除や洗濯
など身の回りの事には無頓着になることは、昨今の芸術家と呼ばれる人の共通点である。
したがって、後日談として与鹿が酒や彫刻に没頭したことや、蚤がついて綿入れの綿を全部出し、
着物を裏返しにきたという逸話にある通り、少年与鹿には躾がされてなかったのではなかろうか。
吉兵衛も子供の躾について厳しく言ったであろうが、なかなか思うようにいかない少年与鹿には
手を焼いたことであろう。
この頃、仙人台の彫刻には、珍しく吉兵衛、与鹿、浅井一之と三代の彫刻師が関わっているが、
年齢や仕事を行った年度から推定すると弘化四年(一八四七)頃ではないかと思われる。

与鹿の手帳(天保十三年 高山市郷土館蔵)を見ると、馬や鳥の骨格や名称についてまで、
かなり詳細な研究をしており、与鹿が相当な勉強家であったことを物語っている。
この詳細な描写が、のちに獅子や鳳凰、龍といった彫刻の肉体を生き生きとさせる描写
につながっていると思われる。
徳積善太
中川吉兵衛は、二代目和四郎富昌の弟子ではないかと伝えられている。しかし、和四郎の系統図
にその名がなく、どの弟子について習ったかは未だに不明である。したがって、立川流の彫刻技法
を身につけていたということには疑問が残る。
後日談であるが、立川流彫刻研究家間瀬恒祥氏が平成になって調査したところによると、「ノミの
使い方等が宮大工の技法が見られるが立川流の流れであるとは断定しにくい」とのことであり、
また、「立川流の関係者であると言う証拠も見つかっていない。」とのお話であった。
吉兵衛は、彫刻の才を与鹿に見出し、彫刻の技術を熱心に教え込んだことだろう。
立川流の彫刻では、当時獅子や牡丹、鳥などの彫刻がもっとも盛んな頃であった。五台山の
彫刻(写真)を見た時にノミの使い方・木目の使い方などを、弟子入りした与鹿に熱心に教え込んだ事
は間違いないと思われる。与鹿には、子供ながらにすごい技術を持った師匠であると映ったに違い
ない。
このとき与鹿は、下絵を取ること、その下絵をもとに荒彫りをし、習作をすること、最終仕上げ彫刻を
すること、そして和四郎の流れである「木目を活かすこと」の技術を習得していく。
また、生活もすべて身の回りの事は自分でやっていかなくてはならないという生活に様変わりする。
ただし、自分で家事などをしたことのない人間は、自分の興味のある事ばかりに没頭し、掃除や洗濯
など身の回りの事には無頓着になることは、昨今の芸術家と呼ばれる人の共通点である。
したがって、後日談として与鹿が酒や彫刻に没頭したことや、蚤がついて綿入れの綿を全部出し、
着物を裏返しにきたという逸話にある通り、少年与鹿には躾がされてなかったのではなかろうか。
吉兵衛も子供の躾について厳しく言ったであろうが、なかなか思うようにいかない少年与鹿には
手を焼いたことであろう。
この頃、仙人台の彫刻には、珍しく吉兵衛、与鹿、浅井一之と三代の彫刻師が関わっているが、
年齢や仕事を行った年度から推定すると弘化四年(一八四七)頃ではないかと思われる。
与鹿の手帳(天保十三年 高山市郷土館蔵)を見ると、馬や鳥の骨格や名称についてまで、
かなり詳細な研究をしており、与鹿が相当な勉強家であったことを物語っている。
この詳細な描写が、のちに獅子や鳳凰、龍といった彫刻の肉体を生き生きとさせる描写
につながっていると思われる。
徳積善太




