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プロフィール
rekisy
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飛騨に住んで40年。文化の町「高山」に住んでいながら、知らないことが多い事に気づきました。少しでも、皆さんに知っていただくために、文化のまちおこしを目指します。 「歴史」と「音楽」のまちづくりを目指します。応援してください!
<所属研究会>
飛騨の匠学会 所属
立川流彫刻研究会 後援会会員
山王祭 神楽組 所属
日枝雅楽会 会員
倭舞保存会 責任者
飛騨歴史民俗学会 会員
飛騨古川ふるさと案内人会 準会員
下呂検定2008合格者

元 金森顕彰会 理事
日本ホスピタリティ学会 関西支部 客員聴講者
佐藤一斎研究会 客員会員
オーナーへメッセージ

2008年01月31日

彫に生きる「谷口与鹿ものがたり」11

◇琴高台の大改造 (十七歳)


琴高台の与鹿の彫刻「波間の鯉」

文化年間からほぼ五十年が経過し、屋台が傷み始めていたためか、高山のあちこちで屋台を修理する風潮が生まれた。老田氏はこの時期を第二修繕期と呼んでいる。
向町「布袋」(のちの琴高台)でも屋台を修繕することになり、天保九年(一八三八)、同町内に居住していた谷口家と与鹿に白羽の矢が立てられる。

兄の延恭は当時大工の棟梁でこの仕事を引き受け、弟の与鹿に彫刻をやらせることを決意する。
与鹿は一七歳という若さではあったが、この仕事を引き受け、大改造に着手する。

この屋台は飛騨の儒者 赤田臥牛が支那列仙伝中の「琴高、赤鯉に座し来る」の故事を用いて現台名に改めたことから、意匠、装飾、加工をすべてこの「鯉」をモチーフに作ったものであった。その頃、鯉を飼う家などあまりなかったことから、川や池のあった所に通ったことであろう。この屋台では、下段の鯉、うさぎ、上段の烏の彫刻に励み、二年の歳月を経て見事完成させた。下絵を見るかぎりでは、波の下絵の枚数が最も多く、波の表現に一番神経をとがらせていたようである。

徳積善太