2008年02月03日
彫に生きる「谷口与鹿ものがたり」13
◇古川での仕事(十九歳)

古川弐之町中組 金亀台
天保十一年(一八三九)、兄延恭は古川町金亀台の仕事を頼まれる。すでに数年前から、歳行った父に代わり、谷口家の棟梁頭として才を発揮していた兄であったが、一世一代の大仕事に、谷口家の総力を上げて望むことを決意する。
彼は、歳の離れた弟のことを心配して、父親代わりになっていた。与鹿を伴って彫刻を担当させるために、古川の地に居住する。実際にはこの年九月までで一五〇日以上の仕事をこなしている。金亀台組録に寄れば、九月十六日に一三工 一分一朱二匁九分一厘、一二月までの工賃として一五〇工半分、四両二朱三匁三分六厘、翌年閏一月に一三工半、一分二朱の金額が与鹿に対して支払われている。
余談であるが、古川の祭り屋台の記録には、谷口延恭の名はなく、藤原権守となっているのが興味深い。

古川まつり会館に展示してある 金亀組台の古資料
徳積善太
古川弐之町中組 金亀台
天保十一年(一八三九)、兄延恭は古川町金亀台の仕事を頼まれる。すでに数年前から、歳行った父に代わり、谷口家の棟梁頭として才を発揮していた兄であったが、一世一代の大仕事に、谷口家の総力を上げて望むことを決意する。
彼は、歳の離れた弟のことを心配して、父親代わりになっていた。与鹿を伴って彫刻を担当させるために、古川の地に居住する。実際にはこの年九月までで一五〇日以上の仕事をこなしている。金亀台組録に寄れば、九月十六日に一三工 一分一朱二匁九分一厘、一二月までの工賃として一五〇工半分、四両二朱三匁三分六厘、翌年閏一月に一三工半、一分二朱の金額が与鹿に対して支払われている。
余談であるが、古川の祭り屋台の記録には、谷口延恭の名はなく、藤原権守となっているのが興味深い。
古川まつり会館に展示してある 金亀組台の古資料
徳積善太




