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プロフィール
rekisy
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飛騨に住んで40年。文化の町「高山」に住んでいながら、知らないことが多い事に気づきました。少しでも、皆さんに知っていただくために、文化のまちおこしを目指します。 「歴史」と「音楽」のまちづくりを目指します。応援してください!
<所属研究会>
飛騨の匠学会 所属
立川流彫刻研究会 後援会会員
山王祭 神楽組 所属
日枝雅楽会 会員
倭舞保存会 責任者
飛騨歴史民俗学会 会員
飛騨古川ふるさと案内人会 準会員
下呂検定2008合格者

元 金森顕彰会 理事
日本ホスピタリティ学会 関西支部 客員聴講者
佐藤一斎研究会 客員会員
オーナーへメッセージ

2008年02月12日

飛騨も文化財を火災から守ろう!

韓国ソウルの町のシンボル「南大門」が放火により、焼け落ちました。
 

高山の町は、文化財がたくさんあります。

高山の町も、以前の放送でお話しましたように、高山という町は、度重なる大火に包まれてきました。
江戸時代より前の記録がないので、それ以前のことはわかりませんが、
享保14年(1729)の高山大火975軒をはじめ、
そのわずか5年後の天明4年(1734)には2340軒、
寛政8年(1796)の三町南大火447軒、
天保3年(1832)の西向町大火227軒、
明治5年(1872)の向町大火721軒、
極めつけは明治8年(1875)には、8月と11月に2度の高山大火で1032軒など、
町中が焼けてしまう大火が7回。そして、50軒以上やけた大火事が大正時代までに4回もありました。

高山の別院も放火などによって、8回も焼けたそうです。


昭和22年に焼けた別院の大門(大正2年建造)

そのときに、村山群鳳のこんなに素晴らしい彫刻があったんです。


子々孫々に、高山の文化財を残していきましょう!

徳積善太

  
Posted by rekisy at 08:15Comments(0)TrackBack(0)