2008年02月14日
「彫に生きる 谷口与鹿ものがたり」16
◇仕事放棄
しかし、結局は組の人たちの熱心な勧めに折れた与鹿だったが、それからというもの、
当人は全く仕事をしようとはせず、毎日城山に出かけては、子供たちと遊び、一向に仕事
をしようとはしなかった。
組内の人たちは心配になり、「いつ仕事をするのか」「一体ぜんたいいつになったら仕事を
始めてくれるのだろう」「こら、いいかげんに仕事をせい」などとあきれたり怒ったりしていたが、
永い間の心配の末、出来上がった唐子の表情を見て大変驚いた。
与鹿はただ遊んでいたのではなく、屋台の彫刻の構想を練る傍ら、子供たちの表情、姿態
をくまなく観察していたのである。

構想は、師匠吉兵衛から和四郎の唐子の図を見せてもらっていたので、その唐子を題材に
した彫刻に仕上げようと以前から考えていたと思われる。半田市の和四郎の手による彫刻
の中に唐子の彫刻が見られることからも、題材はそこから取ったのではないかと想像できる。
ただし、これについては、和四郎富昌の作品が弘化4年の作品となっているので、谷口与鹿
が作った作品を和四郎が実際に見て、彫刻の題材としたとも考えられるが、双方とも何の
題材から取ったか、研究の余地がある。

上記二点 麒麟台(高山)の唐子群遊の彫刻より

上記二点 半田市 下半田唐子車の唐子彫刻と成岩旭車の籠伏せの鶏
徳積善太
しかし、結局は組の人たちの熱心な勧めに折れた与鹿だったが、それからというもの、
当人は全く仕事をしようとはせず、毎日城山に出かけては、子供たちと遊び、一向に仕事
をしようとはしなかった。
組内の人たちは心配になり、「いつ仕事をするのか」「一体ぜんたいいつになったら仕事を
始めてくれるのだろう」「こら、いいかげんに仕事をせい」などとあきれたり怒ったりしていたが、
永い間の心配の末、出来上がった唐子の表情を見て大変驚いた。
与鹿はただ遊んでいたのではなく、屋台の彫刻の構想を練る傍ら、子供たちの表情、姿態
をくまなく観察していたのである。
構想は、師匠吉兵衛から和四郎の唐子の図を見せてもらっていたので、その唐子を題材に
した彫刻に仕上げようと以前から考えていたと思われる。半田市の和四郎の手による彫刻
の中に唐子の彫刻が見られることからも、題材はそこから取ったのではないかと想像できる。
ただし、これについては、和四郎富昌の作品が弘化4年の作品となっているので、谷口与鹿
が作った作品を和四郎が実際に見て、彫刻の題材としたとも考えられるが、双方とも何の
題材から取ったか、研究の余地がある。
上記二点 麒麟台(高山)の唐子群遊の彫刻より

上記二点 半田市 下半田唐子車の唐子彫刻と成岩旭車の籠伏せの鶏
徳積善太




