2008年02月15日
「彫に生きる 谷口与鹿ものがたり」17 麒麟台
◇唐子群遊 (二三歳)

組内の人は、全く仕事をしようとしない与鹿に半ばあきらめかけていたころ、ある日を
境にして熱心にノミを入れる与鹿にほっとする。待って待って待ちわびた末に出来上が
った唐子群遊の彫刻のできばえは見事なもので、けやきの木目をうまく使い、「唐子
遊びの図」を浮き彫りにしている。
中でも「籠伏せの鶏」は透かし彫りの技法をうまく取り入れたもので、一木で作られて
いる。

最初に籠を外側から彫り、その隙間から彫刻刃を入れて中の鶏を彫るといった神業的
な技術の結集であった。当時は、どうやって作ったのか「見るものをして骸目させる」
ほどのできばえであったほど、高山中で話題となったことであろう。
この彫刻のために、後に「屋台キチ」と呼ばれる方がこの屋台組に数多く登場するが、
それほど「おらが屋台は一番」と自慢するだけの作品である。『この彫りに与鹿は三年
かかった。このとき彼のもらった彫り料は「米三表」とも「金十両前金」とも言われている
が、その金はとうに使ってしまい、「まるで無一文のおけらになって千虎屋(老田)の
細工場を出て行った(元田月山「高山祭」)」という。
徳積善太
組内の人は、全く仕事をしようとしない与鹿に半ばあきらめかけていたころ、ある日を
境にして熱心にノミを入れる与鹿にほっとする。待って待って待ちわびた末に出来上が
った唐子群遊の彫刻のできばえは見事なもので、けやきの木目をうまく使い、「唐子
遊びの図」を浮き彫りにしている。
中でも「籠伏せの鶏」は透かし彫りの技法をうまく取り入れたもので、一木で作られて
いる。
最初に籠を外側から彫り、その隙間から彫刻刃を入れて中の鶏を彫るといった神業的
な技術の結集であった。当時は、どうやって作ったのか「見るものをして骸目させる」
ほどのできばえであったほど、高山中で話題となったことであろう。
この彫刻のために、後に「屋台キチ」と呼ばれる方がこの屋台組に数多く登場するが、
それほど「おらが屋台は一番」と自慢するだけの作品である。『この彫りに与鹿は三年
かかった。このとき彼のもらった彫り料は「米三表」とも「金十両前金」とも言われている
が、その金はとうに使ってしまい、「まるで無一文のおけらになって千虎屋(老田)の
細工場を出て行った(元田月山「高山祭」)」という。
徳積善太




