2008年03月07日
歴史民俗学会の総会がありました
3月3日、高山市民文化会館 講堂にて、飛騨歴史民俗学会の総会がありました。

100人近い会員の皆さんが集られて、総会が行われ、総会の後、勉強会と記念講演会が
行われました。
当日の、講演内容は次のとおり。
<研究発表>
1)湯ケ峰火山の恵み 下呂市 小池秀雄先生

→下呂石と小川石が湯ケ峰火山(死火山)から排出し、それが縄文時代以前より
全国に広まりました。その形成過程と下呂附近で使用されている小川石について
スライドでご説明されました。
2)「斐太後風土記の成立事情」 高山市 北野興策先生

→斐太後風土記が富田禮彦氏によって書かれたが、かれのデータは嘉永六年の
地元から出されたデータに基づいている。それが明治期に至るまで同じデータが
使用されていた。それを実証された。
3)飛騨学の系譜 『飛州志』から飛騨春秋 そして市町村史 高山市 桐谷忠夫先生
→江戸時代に書かれた飛州志も書き間違いや写し間違いなどがある。飛騨春秋なども
そういった古書を引用される場合が多いが、必ず原本で確認してほしい。
孫引き、ひ孫引きといった文書引用は、間違いを招きやすい。
<記念講演>
「飛騨人のルーツは琉球系縄文人 DNA解析による中間結果」
筑波大学名誉教授 住 斉 先生
飛騨人のルーツを探る。DNAは、独特のものがあり、調べてみると琉球系の人と
つながる部分があることの中間報告。
閉会 16時
100人近い会員の皆さんが集られて、総会が行われ、総会の後、勉強会と記念講演会が
行われました。
当日の、講演内容は次のとおり。
<研究発表>
1)湯ケ峰火山の恵み 下呂市 小池秀雄先生
→下呂石と小川石が湯ケ峰火山(死火山)から排出し、それが縄文時代以前より
全国に広まりました。その形成過程と下呂附近で使用されている小川石について
スライドでご説明されました。
2)「斐太後風土記の成立事情」 高山市 北野興策先生
→斐太後風土記が富田禮彦氏によって書かれたが、かれのデータは嘉永六年の
地元から出されたデータに基づいている。それが明治期に至るまで同じデータが
使用されていた。それを実証された。
3)飛騨学の系譜 『飛州志』から飛騨春秋 そして市町村史 高山市 桐谷忠夫先生
→江戸時代に書かれた飛州志も書き間違いや写し間違いなどがある。飛騨春秋なども
そういった古書を引用される場合が多いが、必ず原本で確認してほしい。
孫引き、ひ孫引きといった文書引用は、間違いを招きやすい。
<記念講演>
「飛騨人のルーツは琉球系縄文人 DNA解析による中間結果」
筑波大学名誉教授 住 斉 先生
飛騨人のルーツを探る。DNAは、独特のものがあり、調べてみると琉球系の人と
つながる部分があることの中間報告。
閉会 16時




