2007年11月25日
コメントお待ちしています
皆さん、お元気ですか?
今日も再放送でお会いしましたね。
だんだん、寒い日が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか?
さて、このブログでは、皆さんが興味をもたれている記事を募集します。
こんなことを調べてほしいとか、こういうことを聞かれましたがという内容をお知らせください。
なるべくお調べして、お答えしたいと思います。
さて、次回の放送は月曜日です。
月曜日の放送では、高山の屋台についてお話します。
徳積善太

今日も再放送でお会いしましたね。
だんだん、寒い日が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか?
さて、このブログでは、皆さんが興味をもたれている記事を募集します。
こんなことを調べてほしいとか、こういうことを聞かれましたがという内容をお知らせください。
なるべくお調べして、お答えしたいと思います。
さて、次回の放送は月曜日です。
月曜日の放送では、高山の屋台についてお話します。
徳積善太

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この記事へのコメント
失礼しま〜す。昔からギモンに思っていたことですが、「天生湿原」に残る伝説について、ぜひ。
法隆寺の釈迦三尊像を造った「鞍作止利」が飛騨の匠のルーツである、というのはどのくらいの信憑性があるのでしょうか?。
法隆寺の釈迦三尊像を造った「鞍作止利」が飛騨の匠のルーツである、というのはどのくらいの信憑性があるのでしょうか?。
Posted by ネコ先生 at 2007年11月25日 10:54
ネコ先生こんにちは。
今日は、コンサートでお会いしましたね。
お疲れ様でした。
さて、天生湿原に残る伝説については、伝承のとして残っているお話を、至急お調べして、後日、このブログに掲載したいと思います。
法隆寺の釈迦三尊像を作った「鞍作止利」は、天生の月ヶ瀬で生まれたと言われていますが、あくまで伝承として残っているにすぎません。
この時代のことは、証拠の存在が決め手になりますが、木簡などが残っているわけではありませんので、信憑性といわれると、非常に難しい部分があります。
歴史のロマンとして語られていることが、伝承として脚色され、今日まで伝わっていることが多いと思われます。
飛騨の匠についても、数多くの説が出ています。先の飛騨の匠展における展示も、三重大学教授の八賀先生の論にもとづいての展示が行われましたが、いろいろと議論がなされている中での展示でした。
どの説も、そうかもしれないし、そうでないかもしれないという域を超えませんので、学者の皆さんの中でも、議論がなされている最中です。
したがって、学者の皆さんの間でも、断定ができない内容であることを回答とさせてください。
今日は、コンサートでお会いしましたね。
お疲れ様でした。
さて、天生湿原に残る伝説については、伝承のとして残っているお話を、至急お調べして、後日、このブログに掲載したいと思います。
法隆寺の釈迦三尊像を作った「鞍作止利」は、天生の月ヶ瀬で生まれたと言われていますが、あくまで伝承として残っているにすぎません。
この時代のことは、証拠の存在が決め手になりますが、木簡などが残っているわけではありませんので、信憑性といわれると、非常に難しい部分があります。
歴史のロマンとして語られていることが、伝承として脚色され、今日まで伝わっていることが多いと思われます。
飛騨の匠についても、数多くの説が出ています。先の飛騨の匠展における展示も、三重大学教授の八賀先生の論にもとづいての展示が行われましたが、いろいろと議論がなされている中での展示でした。
どの説も、そうかもしれないし、そうでないかもしれないという域を超えませんので、学者の皆さんの中でも、議論がなされている最中です。
したがって、学者の皆さんの間でも、断定ができない内容であることを回答とさせてください。
Posted by rekisy at 2007年11月25日 23:57
なるほどね。断定できないから議論百出・・・・考えてみたら「だからこそロマン」なのかも知れませんね。有り難うございました。
Posted by ネコ先生 at 2007年11月27日 10:33
歴史を語る場合、ロマンとして語る場合と真実として語る場合とで区別しないといけません。
だから、証明が大変なことなんです。
でも、ロマンがある方が、夢が広がって面白いと思います。
今後も、よろしくお願いします。
だから、証明が大変なことなんです。
でも、ロマンがある方が、夢が広がって面白いと思います。
今後も、よろしくお願いします。
Posted by rekisy at 2007年11月29日 23:34




