2008年02月07日
高山陣屋の不思議2
高山陣屋の米蔵は、高山城にあったものを元禄5年の金森家転封以後、現在地に移築したものである。
それまでは、この建造物は二の丸にあったと思われるので、水害などには全く無縁だったが、現在地に
移転されたことで、宮川が氾濫したときに、水害や火の害に遭う可能性が出てきた。

火伏の石(高山陣屋)
御蔵の通気口のところには、「火伏せの石」と言うものがおかれていて、通気口と同じ形に切られて
いる。
火事や、水害の際には、この石を通気口に合せてはめ込み、間に味噌を塗りこんで、ふたをする。
そうすると、お蔵が被害に遭わない。
必ず、この石の横には、瓶に入れた味噌を常備してあったらしい。
この方式をとる防火、防水方法は、川越の蔵作りでも見られる方法である。

川越の小江戸蔵作りの建造物
代官はほとんどが江戸から赴任してきた人ばかりだったが、誰がこの方法を部下にやらせたのか、
興味深い話である。
徳積善太
それまでは、この建造物は二の丸にあったと思われるので、水害などには全く無縁だったが、現在地に
移転されたことで、宮川が氾濫したときに、水害や火の害に遭う可能性が出てきた。
火伏の石(高山陣屋)
御蔵の通気口のところには、「火伏せの石」と言うものがおかれていて、通気口と同じ形に切られて
いる。
火事や、水害の際には、この石を通気口に合せてはめ込み、間に味噌を塗りこんで、ふたをする。
そうすると、お蔵が被害に遭わない。
必ず、この石の横には、瓶に入れた味噌を常備してあったらしい。
この方式をとる防火、防水方法は、川越の蔵作りでも見られる方法である。
川越の小江戸蔵作りの建造物
代官はほとんどが江戸から赴任してきた人ばかりだったが、誰がこの方法を部下にやらせたのか、
興味深い話である。
徳積善太





