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プロフィール
rekisy
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飛騨に住んで40年。文化の町「高山」に住んでいながら、知らないことが多い事に気づきました。少しでも、皆さんに知っていただくために、文化のまちおこしを目指します。 「歴史」と「音楽」のまちづくりを目指します。応援してください!
<所属研究会>
飛騨の匠学会 所属
立川流彫刻研究会 後援会会員
山王祭 神楽組 所属
日枝雅楽会 会員
倭舞保存会 責任者
飛騨歴史民俗学会 会員
飛騨古川ふるさと案内人会 準会員
下呂検定2008合格者

元 金森顕彰会 理事
日本ホスピタリティ学会 関西支部 客員聴講者
佐藤一斎研究会 客員会員
オーナーへメッセージ

2012年02月15日

玉龍寺を訪問2

玉龍寺を訪問して、いろんな古文書を見せていただきました。


玉龍寺を再興した時にそろえたと思われる備品のリストです。




金森左京から山下市正氏政にあてた手紙。

地元では、その素性を隠していたために、ずっと「山田道安」という名前で通していた。

この道安は、茶道の千道安からいただいたものと思われ、市正氏政の奥方は茶道宗和流の祖
金森宗和の娘でした。
これは、玉龍寺の縁起書、鐘楼書き、金森系譜などより明らかですが、その名前はわかりません。

また、一説によると、宗和の長男は「方氏」という名前で、加賀に仕官したことが分かっていますが、
「氏」の名があることから、

「宗和に子供がなく、山下市正が自分の子供を宗和の子供にしたために
山下家の者が継承する「氏」の一字を与えたのではないか。」

という説もあるようです。


徳積善太

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