2012年02月15日
玉龍寺を訪問2
玉龍寺を訪問して、いろんな古文書を見せていただきました。

玉龍寺を再興した時にそろえたと思われる備品のリストです。

金森左京から山下市正氏政にあてた手紙。
地元では、その素性を隠していたために、ずっと「山田道安」という名前で通していた。
この道安は、茶道の千道安からいただいたものと思われ、市正氏政の奥方は茶道宗和流の祖
金森宗和の娘でした。
これは、玉龍寺の縁起書、鐘楼書き、金森系譜などより明らかですが、その名前はわかりません。
また、一説によると、宗和の長男は「方氏」という名前で、加賀に仕官したことが分かっていますが、
「氏」の名があることから、
「宗和に子供がなく、山下市正が自分の子供を宗和の子供にしたために
山下家の者が継承する「氏」の一字を与えたのではないか。」
という説もあるようです。
徳積善太
玉龍寺を再興した時にそろえたと思われる備品のリストです。
金森左京から山下市正氏政にあてた手紙。
地元では、その素性を隠していたために、ずっと「山田道安」という名前で通していた。
この道安は、茶道の千道安からいただいたものと思われ、市正氏政の奥方は茶道宗和流の祖
金森宗和の娘でした。
これは、玉龍寺の縁起書、鐘楼書き、金森系譜などより明らかですが、その名前はわかりません。
また、一説によると、宗和の長男は「方氏」という名前で、加賀に仕官したことが分かっていますが、
「氏」の名があることから、
「宗和に子供がなく、山下市正が自分の子供を宗和の子供にしたために
山下家の者が継承する「氏」の一字を与えたのではないか。」
という説もあるようです。
徳積善太






