2008年06月27日
越前大野訪問~南専寺~
越前大野では、南専寺さんを訪問しました。

南専寺は、越前大野から東に10kmほど行ったところにあり、昔、教如上人が、石山本願寺の
戦いの後に、諸国を流浪されたとき、飛騨に入る前に立ち寄られたところです。
当時は、天正3年に金森長近が、越前大野を平定し、そこに城下町が作られていました。
長近が、この地を訪問せよと言ったかどうかは定かではありませんが、この地域には、浄土真宗の
信者がたくさんおり、金森氏が信長の命令で、柴田勝家と共に越前の浄土真宗を平定し、そのときに
越前大野地区の2/3を所領としてもらった土地です。
おそらく、長近は、浄土真宗と結託していたからこそ、わずか1年ほどで越前を平定できたものと
思われます。
その土地に、教如上人が、訪問され、蓮如上人の絵像が下賜されています。

また、この南専寺は、井波の瑞泉寺とも関係があり、このお寺から井波の瑞泉寺へ4代目の住職
が行っておられます。
ちなみに、10代目の住職は、金森長近の曾孫 高山城主4代目の頼直の弟であることを、昨年
発見しました。
ということは、金森氏とも何らかのご縁があったと考えても不思議ではありません。
この関係についても、いずれ発表したいと思っています。
徳積善太
南専寺は、越前大野から東に10kmほど行ったところにあり、昔、教如上人が、石山本願寺の
戦いの後に、諸国を流浪されたとき、飛騨に入る前に立ち寄られたところです。
当時は、天正3年に金森長近が、越前大野を平定し、そこに城下町が作られていました。
長近が、この地を訪問せよと言ったかどうかは定かではありませんが、この地域には、浄土真宗の
信者がたくさんおり、金森氏が信長の命令で、柴田勝家と共に越前の浄土真宗を平定し、そのときに
越前大野地区の2/3を所領としてもらった土地です。
おそらく、長近は、浄土真宗と結託していたからこそ、わずか1年ほどで越前を平定できたものと
思われます。
その土地に、教如上人が、訪問され、蓮如上人の絵像が下賜されています。
また、この南専寺は、井波の瑞泉寺とも関係があり、このお寺から井波の瑞泉寺へ4代目の住職
が行っておられます。
ちなみに、10代目の住職は、金森長近の曾孫 高山城主4代目の頼直の弟であることを、昨年
発見しました。
ということは、金森氏とも何らかのご縁があったと考えても不思議ではありません。
この関係についても、いずれ発表したいと思っています。
徳積善太





