2009年01月08日
年頭の御挨拶3_昭和40年_飛騨の黎明
引き続き、昭和40年の年頭の御挨拶です。
「昭和40年 昭和40年の年頭に思う
会頭 高田弥一郎
いよいよ昭和40年を迎えた。先づ謹んで賀詞を申し述べる。
この昭和40年代は我々飛騨人にとって鉄道開通についで第二の黎明をむかえることになりそう
である、国道41号線は完成間近く、本夏には永年運動を続けてきた名鉄の高山線乗入れが
実現する。冷暖房付4両編成のスマートなディーゼルカーが善座席指定で颯爽と乗り入れて来る。
国鉄さえも国道や名鉄に負けられないと、早くも高山線の複線電化を打ち出してきた。
先づ今年から部分複線に着工し、昭和50年には全線の複線電化を完成する。ダイヤもうんと
ふえるし、時間もぐっと短縮される。完成の暁は名古屋―富山が3時間になる。現在考えられて
いる急行ダイヤの構想は次の通りである。
1. 名古屋―春日井―多治見―美濃太田-高山―富山(名古屋―高山)
1. 大阪―岐阜―高山(関西―飛騨)
1. 名古屋―松本―信濃大町―平岩―糸魚川―富山―高山―名古屋(中部山岳循環)
1. 名古屋―岐阜―高山―富山―金沢―和倉―蛸島(名古屋―奥能登)
1. 高岡―富山―高山―岐阜―名古屋―鳥羽(北陸―志摩)
その中特急も走ることになるだろう。正に高山線は成長株である。
ところで高山を中心にした飛騨の観光開発状況はどうか。高山観光ホテルの建設についで奥飛、
新穂高地区に奥飛観光開発KKの手で「ホテル穂高」が着工された。今夏には地下一階地上三階
のスイス風のホテルがお目見えする。同じく新穂高に名和会の新穂高ロッヂが竣工する。
新穂高と上高地を結ぶ待望の西穂ロープウェイは認可まで今一歩長野県側の賛成さえあればと
いう段階にきている。
一重ケ根地区では明治不動産KKが新平湯と銘うって温泉付分譲地の造成を急ピッチで進めている。
平湯温泉では豊富な湯を生かして温泉プールを完成した。
下呂御岳地区は御岳開発KKの手で三浦ダムへ新道路を完成、また下呂と濁河を結ぶスカイラインの
計画が進んでいる。
一方白山地区に於いては奥飛観光開発KKの手によって開発が始まり、先づ本年は蛭ケ野地区に
スキー場が新設された。
この他濁河、舟山、原山、古川、数河、流葉、平湯の各スキー場も見違えるほど整備された。
実に飛騨地区の観光開発は一斉に花が咲いた形である。
このような四囲の状勢に対処して、当高山市として当面最も力を注がなければならないのは、
国道41号線とクロスする国道福井―松本線の早期改修整備であり、開発の進みつつある奥飛と
直結する県道町方―鼠餅線の確保、主要地方道になった伊那―高山線の整備、乗鞍公園道の
舗装、複線電化に伴う高山駅の改築、駅前広場の拡張整備等である。
前述のように四囲の開発状況は急ピッチである。市当局に於いてもこれらの情勢を深く認識されて
市百年の大計のため真剣に取り組まれ遺憾なきを期せられたい。
産業関係に於いても交通、運輸事情の好転によって市場が今迄よりうんと近くなる。この好材料を
有効につかって従来の商圏内をより以上拡大させなければならない。低開発指定第一年目には
電子工業2工場の進出を見たが、第二年目に入って工場誘致もより積極的に行わなければならない。
商業関係に於いては競争の激化は避けられないが当地域が発展すれば商業界も必ず発展する。
唯その状勢をつかみうるかどうかは受入態勢が整うかどうかにかかっている。即ち協業化、合理化
である。一般的に不況ムードで越年したが、ここに幸にも当地の不況ムードを吹きとばす好材料が
出た。中電高根発電所の着工である。新春早々に着工され、工事期間は4ケ年である。我々は
工事遂行に全面的協力をすると共に、100%地元の利用をお願いし、業界各位の奮起を期待する。
第二の黎明、昭和40年を迎えて我々は覚悟を新たにし「古い飛騨を残しつつ、新しい飛騨をつくる」
べくピッチを早め全力をあげよう。」
子供のとき、私は鉄道小僧で、切符マニアでした。あるとき、父がよく行っていた小料理屋の階段の裏に
古い時刻表が貼ってあって、それをもらってきて、自分のアルバムに貼りました。
昭和36年の時刻表には、「循環こがね 四日市発 名古屋行き」というのがあり、大変不思議に思いました。
それは、四日市ー(関西線)-名古屋ー(東海道線)ー岐阜ー(高山線)-高山ー富山ー(北陸線)-金沢ー
米原ー(東海道線)-名古屋 という循環型の準急です。
当時、時刻表の旅をしていた私にはこのルートが大変珍しく思いました。
今では、こういう高山線を使った循環型の鉄道路線はありませんが、昔の人は面白い発想をしていたもの
だと思いました。
徳積善太
「昭和40年 昭和40年の年頭に思う
会頭 高田弥一郎
いよいよ昭和40年を迎えた。先づ謹んで賀詞を申し述べる。
この昭和40年代は我々飛騨人にとって鉄道開通についで第二の黎明をむかえることになりそう
である、国道41号線は完成間近く、本夏には永年運動を続けてきた名鉄の高山線乗入れが
実現する。冷暖房付4両編成のスマートなディーゼルカーが善座席指定で颯爽と乗り入れて来る。
国鉄さえも国道や名鉄に負けられないと、早くも高山線の複線電化を打ち出してきた。
先づ今年から部分複線に着工し、昭和50年には全線の複線電化を完成する。ダイヤもうんと
ふえるし、時間もぐっと短縮される。完成の暁は名古屋―富山が3時間になる。現在考えられて
いる急行ダイヤの構想は次の通りである。
1. 名古屋―春日井―多治見―美濃太田-高山―富山(名古屋―高山)
1. 大阪―岐阜―高山(関西―飛騨)
1. 名古屋―松本―信濃大町―平岩―糸魚川―富山―高山―名古屋(中部山岳循環)
1. 名古屋―岐阜―高山―富山―金沢―和倉―蛸島(名古屋―奥能登)
1. 高岡―富山―高山―岐阜―名古屋―鳥羽(北陸―志摩)
その中特急も走ることになるだろう。正に高山線は成長株である。
ところで高山を中心にした飛騨の観光開発状況はどうか。高山観光ホテルの建設についで奥飛、
新穂高地区に奥飛観光開発KKの手で「ホテル穂高」が着工された。今夏には地下一階地上三階
のスイス風のホテルがお目見えする。同じく新穂高に名和会の新穂高ロッヂが竣工する。
新穂高と上高地を結ぶ待望の西穂ロープウェイは認可まで今一歩長野県側の賛成さえあればと
いう段階にきている。
一重ケ根地区では明治不動産KKが新平湯と銘うって温泉付分譲地の造成を急ピッチで進めている。
平湯温泉では豊富な湯を生かして温泉プールを完成した。
下呂御岳地区は御岳開発KKの手で三浦ダムへ新道路を完成、また下呂と濁河を結ぶスカイラインの
計画が進んでいる。
一方白山地区に於いては奥飛観光開発KKの手によって開発が始まり、先づ本年は蛭ケ野地区に
スキー場が新設された。
この他濁河、舟山、原山、古川、数河、流葉、平湯の各スキー場も見違えるほど整備された。
実に飛騨地区の観光開発は一斉に花が咲いた形である。
このような四囲の状勢に対処して、当高山市として当面最も力を注がなければならないのは、
国道41号線とクロスする国道福井―松本線の早期改修整備であり、開発の進みつつある奥飛と
直結する県道町方―鼠餅線の確保、主要地方道になった伊那―高山線の整備、乗鞍公園道の
舗装、複線電化に伴う高山駅の改築、駅前広場の拡張整備等である。
前述のように四囲の開発状況は急ピッチである。市当局に於いてもこれらの情勢を深く認識されて
市百年の大計のため真剣に取り組まれ遺憾なきを期せられたい。
産業関係に於いても交通、運輸事情の好転によって市場が今迄よりうんと近くなる。この好材料を
有効につかって従来の商圏内をより以上拡大させなければならない。低開発指定第一年目には
電子工業2工場の進出を見たが、第二年目に入って工場誘致もより積極的に行わなければならない。
商業関係に於いては競争の激化は避けられないが当地域が発展すれば商業界も必ず発展する。
唯その状勢をつかみうるかどうかは受入態勢が整うかどうかにかかっている。即ち協業化、合理化
である。一般的に不況ムードで越年したが、ここに幸にも当地の不況ムードを吹きとばす好材料が
出た。中電高根発電所の着工である。新春早々に着工され、工事期間は4ケ年である。我々は
工事遂行に全面的協力をすると共に、100%地元の利用をお願いし、業界各位の奮起を期待する。
第二の黎明、昭和40年を迎えて我々は覚悟を新たにし「古い飛騨を残しつつ、新しい飛騨をつくる」
べくピッチを早め全力をあげよう。」
子供のとき、私は鉄道小僧で、切符マニアでした。あるとき、父がよく行っていた小料理屋の階段の裏に
古い時刻表が貼ってあって、それをもらってきて、自分のアルバムに貼りました。
昭和36年の時刻表には、「循環こがね 四日市発 名古屋行き」というのがあり、大変不思議に思いました。
それは、四日市ー(関西線)-名古屋ー(東海道線)ー岐阜ー(高山線)-高山ー富山ー(北陸線)-金沢ー
米原ー(東海道線)-名古屋 という循環型の準急です。
当時、時刻表の旅をしていた私にはこのルートが大変珍しく思いました。
今では、こういう高山線を使った循環型の鉄道路線はありませんが、昔の人は面白い発想をしていたもの
だと思いました。
徳積善太





