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<title>飛騨の歴史再発見！</title>
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<description>ヒッツFMにて毎週月曜夜７：３０から放送している歴史番組。（再放送土曜日午前１０:３０より）飛騨の隠れた歴史をわかりやすく解説します。どうぞ応援をよろしくお願いします。</description>
<language>ja</language>
<pubDate>Sun, 01 Apr 2007 23:55:17 +0900</pubDate>
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<title>獅子舞の練習</title>
<description>春祭りの獅子舞は、山王祭の神楽臺組が担当するのではなくて、森下組の担当です。森下組では、昭和23年から代々、徳兵衛獅子を伝授してきました。もともと、江名子の松原氏が神楽臺の獅子舞を担当して来られましたが、5代目を持って終了。徳兵獅子を伝授された祐成氏によって、森下組に伝授されました。神楽組では、明治23年と昭和23年に長年の松原家の功労に感謝して感謝状を贈っています。徳兵衛氏は、江名子の錦山の住人で、松原獅子を体得した一人でした。その怪力で、ものすごく重い、獅子頭を回した事で有名です。いまでも、神楽組にその獅子頭が残されています。 徳積善太</description>
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<category>飛騨の風習</category>
<pubDate>Fri, 04 Apr 2008 21:00:00 +0900</pubDate>

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<title>采女の練習が始まりました</title>
<description>高山祭の采女の練習が始まりました。采女とは、日枝神社で舞を奉納する子供たちです。今年も、9名の少女たちが舞を奉納してくれます。一般には、「浦安の舞」を奉納するのですが、日枝神社では「東遊 求子の舞」（あずまあそび もとめごのまい）という舞を披露します。浦安の舞が鈴や扇を使うのに対し、求子の舞は、何も道具は使いません。それだけ優雅に舞わなくてはいけない舞なのです。これから、祭当日まで毎日練習があります。写真は、平成18年のものですが、子供たち、きれいでしょう（＾＾）徳積善太</description>
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<category>飛騨の風習</category>
<pubDate>Thu, 03 Apr 2008 21:00:00 +0900</pubDate>

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<title>高山の道に水が流れているわけ</title>
<description>昨日から、高山のさんまち地区では、タバコの投げ捨てが禁止になりました。高山の町には水が流れていますが、これって、ごみを流すための物ではないんです。もともと、生活用水として、引かれた「三町用水」というものなんですが、地元の人は、１）生活用水として使った２）火事の初期消火として使った３）雪またじの用水として使った４）夏の涼を求めるために使ったなど、いろいろな用途として使いました。また、上流の神明町では、明治になると、糸紬をするための動力源として水車を回しました。いろんな用途で、使われたこの水を大切にしましょう！徳積善太</description>
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<category>飛騨の風習</category>
<pubDate>Wed, 02 Apr 2008 21:00:00 +0900</pubDate>

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<title>高山陣屋の不思議５　　陣屋の屋根</title>
<description>高山陣屋の屋根の模型が御倉の横に展示してあります。高山陣屋の屋根の葺き方は2通り有り、身分によって、出入りできる門が違うそうです。一般の方が出入りする現在のご門は、昔は代官・郡代がお通りになるときしか開門されず、普段は閉めたままになっていました。普段の利用は、右側の通用門を利用しました。また、屋根の葺き方は、身分の高い方が通るところほど、屋根の細かい葺き方になっています。この板は、表面に出るところが、表、裏、前、後の4回に葺くことができ、それぞれ10年位づつで入れ替えを行うために、一枚の板が40年持つ計算になります。葺いた板が、風で吹き飛ばされないように、屋根には石が乗せられています。徳積善太</description>
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<category>飛騨の風習</category>
<pubDate>Sat, 08 Mar 2008 20:00:00 +0900</pubDate>

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<title>高山陣屋の不思議４　お白州</title>
<description>高山陣屋のお白州は、室内の造りになっています。これは、飛騨地方が寒い地方であるがために、罪状を白状させたり、お取調べをするお白州を、寒さから守るためだったようです。しかしよく考えてみると、罪人を寒さから守るのではなくて、取調べをする役人を寒さから守ったのかもしれませんね。また、お白州で使われているのは、白い砂ではなくて、玉砂利が使われています。これは、百たたき、せっかんなどのときに、血が流れても、血のりなどで砂が固まってしまいますが、それを洗い流す事が簡単になるように、わざと砂ではなくて砂利を使ったそうです。高山陣屋には、「責台と割り石」という、せっかんの道具がおいてありますが、並状に切った木の上に座らせその上から、重さ１６ｋｇもある石を一枚づつ重ねていきます。あまりの重さに、足の痛さに耐えかねて「自分がやりました」と白状させました。石は5枚おいてありますが、すべてを載せると５ｘ１６＝８０ｋｇにもなります。当時の日本人は小さいですから、大人の男性でも平均５０ｋｇの体重として、じつに自分の体重より重い石を載せられます。きっと、ボキボキと、足のすねの骨が折れて、歩けなくなった事でしょう。そんな、せっかんの悲鳴が聞こえてきそうな気がします。徳積善太</description>
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<category>飛騨の風習</category>
<pubDate>Sat, 16 Feb 2008 08:15:00 +0900</pubDate>

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<title>高山の料亭の玄関(お正月）</title>
<description>洲岬さんの玄関に、先月の正月飾りがありました。なかなか、立派ですね。徳積善太</description>
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<category>飛騨の風習</category>
<pubDate>Sun, 10 Feb 2008 08:15:00 +0900</pubDate>

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<title>高山陣屋の不思議３　畳のへり</title>
<description>高山陣屋のたたみは、身分によって入れるところが分かれています。①一番上流階級の人畳のヘリが、柄入りのものになっています。ここには、代官・次官クラス以上の人しか勝手に入れません。②お役人クラス・市長・町内会長・僧侶の人畳のヘリが、黒いヘリです。最近の日本の家庭で一般的に使われているものです。お役人の書き役部屋では、お役人が執務を取られました。写真は、僧侶・町総代（市長）・五人組頭（町内会長）クラスの使用する部屋③女中クラスの人畳のへりがありません。ここで使われる女中は、年増（としま）と呼ばれていて、だいたい１６～１８歳の娘が使われていました。男性が満年齢14歳くらいで元服した時代のお話ですから。。。。２０代の人は、大年増（おおどしま）と呼ばれていました。ちなみに、４０代は現在でも初老だそうです。中年のおばちゃんじゃなくて、おばあちゃんだったようですね。人生５０年の時代ですからね。さて、あなたは・・・・・？徳積善太</description>
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<category>飛騨の風習</category>
<pubDate>Fri, 08 Feb 2008 08:15:00 +0900</pubDate>

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<title>高山陣屋の不思議２</title>
<description>高山陣屋の米蔵は、高山城にあったものを元禄5年の金森家転封以後、現在地に移築したものである。それまでは、この建造物は二の丸にあったと思われるので、水害などには全く無縁だったが、現在地に移転されたことで、宮川が氾濫したときに、水害や火の害に遭う可能性が出てきた。火伏の石（高山陣屋）御蔵の通気口のところには、「火伏せの石」と言うものがおかれていて、通気口と同じ形に切られている。火事や、水害の際には、この石を通気口に合せてはめ込み、間に味噌を塗りこんで、ふたをする。そうすると、お蔵が被害に遭わない。必ず、この石の横には、瓶に入れた味噌を常備してあったらしい。この方式をとる防火、防水方法は、川越の蔵作りでも見られる方法である。川越の小江戸蔵作りの建造物代官はほとんどが江戸から赴任してきた人ばかりだったが、誰がこの方法を部下にやらせたのか、興味深い話である。徳積善太</description>
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<category>飛騨の風習</category>
<pubDate>Thu, 07 Feb 2008 08:15:00 +0900</pubDate>

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<title>高山陣屋の不思議１　「たたみは奇数？偶数？」</title>
<description>高山陣屋に入りますと、無料の案内をお願いすることが出来ます。その一部をご紹介しましょう。まず、陣屋の畳の数は、奇数か偶数か？これは、答えから言いますと、武士がこの建物を利用していたために、割り切れる数は切腹につながり、縁起がわるいとのことで、奇数になっているそうです。つまり、小さな部屋は、３畳となっており、身分によって分けられています。３畳の間は、主に、町年寄の部屋、五人組の部屋、身分を改める（宗門人別をする）ための僧侶の部屋になっています。高山陣屋の一番東側の部屋です。また、大広間も、座敷のところに畳を入れて、一畳くわえてありますので、全体の部屋の数は、１６畳＋１畳で１７畳となっています。面白いですね。徳積善太</description>
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<category>飛騨の風習</category>
<pubDate>Sat, 02 Feb 2008 08:15:00 +0900</pubDate>

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<title>今日は24日市でした</title>
<description>今日は高山市の本町通りで24日市が開かれました。今では、1月24日（太陽暦）に24日市が開かれていますが、昔は旧暦の1月24日でした。旧暦でいうと、だいたい現在の年末ということになり、お正月の準備にあけくれているとき、しょうけや、年取りのおかず、冬の支度などで歳末大売出しで大変にぎわう市でした。また、場所も、現在では、本町通で行われていますが、昔は安川通りがメインだったようです。道行く人は、ときどき吹雪くゆきにまぎれながら、道路の真中に設置してある焚き火で暖を取り、ビニール袋を下げて、家路に急いでおられました。徳積善太</description>
<link>http://hidasaihakken.hida-ch.com/e37263.html</link>
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<category>飛騨の風習</category>
<pubDate>Thu, 24 Jan 2008 19:27:28 +0900</pubDate>

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<title>一富士、二鷹、三なすび。そのあとに続くものは？</title>
<description>１２日は、所属している雅楽会の新年会でした。高山一番の料亭「州さき」さんで毎年１月１２日に開かれます。私達の新年会は、全員が着物で参加し、座敷ゲームをした後、宴会になります。宴会も、高山の祝い歌をやるのですが、（今日はなかったですが）松づくしという長歌のあと、高山の祝い歌 めでたをやります。その後、昔ながらの芸者あそびをするのですが、高齢の方がおられなくなり、少し寂しかったです。最近では、着物を着て芸者さんをあげ、芸者さんが自分の芸を披露する宴会はおそらくこの宴会だけになっているようです。ところで、その遊びの後に、「一富士、二鷹、三なすび」の後に続くものは・・・・・というゲームがあり、とても勉強に成りました。４・・・白南天 し（四）ろ南天５・・・鯉 鯉の滝上りは、滝つぼに５匹の鯉を入れるそうです。６・・・ひょうたん ム（六）病単７・・・だるま 七ころび八起き８・・・龍 昇り龍９・・・馬 左馬１０・・・地蔵 十徳地蔵というのだそうです。８、９、１０の理由に付いては、また調べておきます。徳積善太</description>
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<category>飛騨の風習</category>
<pubDate>Sat, 19 Jan 2008 08:15:00 +0900</pubDate>

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<title>鏡餅のみかんの意味</title>
<description>新年のおまいりをお寺ですごしたとき、鏡餅の話を聞きました。かがみもちの上に乗せるみかんって、どんな意味があるか御存知ですか？「除夜の鐘をならし、心をすみやかにして、新年を迎える。そのとき、陰極まって陽を生ず。つまり、日の出の太陽を表しているというのが、鏡餅の上のみかんです。」ということでした。日の出をあらわしているんですね。日本の風習は、奥が深いものがありますね。ちなみに、鏡餅の意味は、↓↓にありますので、ごらんください。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8F%A1%E9%A4%85http://gogen-allguide.com/ka/kagamimochi.htmlrekisy</description>
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<category>飛騨の風習</category>
<pubDate>Thu, 03 Jan 2008 08:00:00 +0900</pubDate>

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