飛騨川考_益田川か?飛騨川か?
昨日、アジメの事を調べに仕事の途中で萩原によりました。
アジメどじょうの漁獲情況を知るために、益田川漁業組合によりました。
「ん、益田川?」
確か、昔の人は、萩原近辺を流れている川の事を
「益田川」と呼びます。
ところが、どこの橋の表示を見ても、
「飛騨川」となっています。
いったいどっちが本当なのでしょうか。
いたるところに「一級河川 飛騨川」の文字が
下呂の門原にあったドライブインも「飛騨川」の文字が。
以前、金山郷土館長の小島先生から次ぎの事を伺いました。
「もともと、益田郡を流れるのは、益田川で、金山まで来て馬瀬川と合流すると
飛騨川と名前をかえるんじゃ。ところが、最近は、国土交通省のおかげで、全部が
飛騨川になってしまっとる。地元の呼び方を捨ててしまうなど、嘆かわしいことや。」
先生のお話では、益田川のお尻は、金山の馬瀬川との合流点のようです。
ではいったい、益田川の源流はどこなのでしょうか?
ここで仮説を立てました。
朝日や高根から流れてくる川が、阿多野郷から流れるから「阿多野川」だとすれば
小坂の湯屋のほうから流れてくる川が、益田川かなあ。そうすると、益田川の源流と
飛騨川の源流が異なることになるなあ。。。。
そこで、工業高校の福井先生にお尋ねすると
「朝日から流れる川は、阿多野川とも益田川とも云います。小坂の湯屋から流れるのは
現在は濁河川(にごりごがわ)といいますが、江戸時代は小坂川でした。
渚あたりで阿多野川と描いた古絵図を見たことがありますが、もともと朝日も高根も
阿多野郷は益田郡だったので、益田川であっていると思います」とのこと。
旧朝日村や旧高根村が益田郡だったということは、知りませんでした。
徳積善太