飛騨の名称について

rekisy

2012年06月04日 22:33

<飛騨の名称について> どうして飛騨って言うの?
お尋ねがありましたので以前調べたことからお知らせいたします。

「一般に、「ひだ」の語源は、その発音からして、山がうねってい​る「ひだひだ」から来ているとか言われてますが、江戸時代に書か​れた「飛州志」によると、飛騨の文字には次の種類があります。

 「飛騨」(日本書紀)、「斐陀」(国造本紀)、「比太」(和名​類聚鈔註)、「飛駄」(国名風土記)、「飛弾」( 廣益俗説弁)、「卑田」(先代奮事神社本紀)
 また、この他にも「飛駄」(大八州記の杣工記・日高見説南留別​志)、「襞蹟」(倭訓栞)、「火田」、というのもあるようですが​、「いずれも確かならず」(飛州志備考)ということです。

 現在も使用されているのが斐太高校の「斐太」という文字です。​「斐」は「あやとかすぐれた」という意味、また「太」の字も秀で​た素晴らしいところという意味があります。これは、万葉集に出てくる言葉を使ったといわれています。

 後に「飛騨」になったのは奈良時代、全国に地名は好ましい名前​(好字)にしなさいという命令が出て改められました。それ以来「​飛ぶ馬」と書いてひだの当て字にしたそうです。「騨」の字は連銭​葦毛の馬を表しているそうです。

 昔から飛騨は、名馬の産地で、地名にも御厩野、夏厩、六厩、牧​ヶ野など馬に関わる地名がありますが、馬にちなんだ次の伝説があ​ります。

 ・奈良時代「大宝二年(七〇二)に、胴体が黒色で、額に一角が​あり、たてがみ尾が白色の神馬が飛騨から朝廷に献上された。この​時に大赦が行われ多くの罪人が許され、国人に三年の貢租が免ぜら​れた」(日本書紀)

 ・平安時代には、「池月」(丹生川産)「磨墨」(明宝産)とい​う二つの名馬が、宇治川の戦いで先陣争いをした。

 ・高山の南東、高根村には、名馬販売で大もうけした馬屋敷と呼​ばれる建物がつい最近まであった。残念ながら取り壊されてしまっ​たけど、高根村史には素晴らしい建物の写真が残されているんだよ​。

 ・本町の山桜神社は、国主金森頼直公に献上された「山桜鹿毛」​という馬をお祀りした神社で、この馬にちなんだお話が、松倉絵馬​、丹生川池之俣に残されています。

まだ他にもありますが、飛騨には、馬にちなんだ地名や伝説がいっ​ぱい残っているようです。

徳積善太

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