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万人講の石碑7_悪女の墓

先日、リスナーの方から、次のようなことを尋ねられました。

「長瀬さん、万人講に「悪女の墓」っていうのがありますが、これってどういう人だった
のですか?教えてください。」

とのことで、万人講に興味を持ち、かなり調べました。

私も、子供のころから、万人講は「江戸時代の餓死者の墓。そして大原騒動の義民の
供養碑があった所」という認識はありましたが、さすがに、この悪女については、どういう
人なのか知りませんでした。

いろいろと調べましたが、角竹先生の記述には、このように書かれています。

「(7)法名釈尼悪照墓
万人講の石碑7_悪女の墓
 六地蔵尊の下にある小さな墓で、延享二年十月十三日の年月日が読める。御役所管理の刑場内に建てた墓であるから、何か由来がありそうと思われるが、一切わからない。


飛騨高山まちの博物館を調べても、これ以上の情報がわかりませんでした。

「釈尼悪照」という名前から「女性」であることがわかります。
しかも、「悪」の文字がつけられているところから、「悪女」となったのではと想像できます。
また、「釈」がつけられているところから、浄土真宗の信者であることもわかります。

しかし、それ以上の情報がないのが非常に不思議です。
延享二年という年は、代官が『飛州志』を書いた長谷川忠崇の時代。
何か、幕府にそむくようなことをして、「悪」の字が付けられたのでしょうか。
ロマンの域を超えません。

合掌「南無阿弥陀仏」

徳積善太


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