HOME › 街道について › 大正時代の平湯温泉

大正時代の平湯温泉

故 H先生のアルバムに面白い画像がありました。
大正時代の平湯温泉の画像です。
大正時代の平湯温泉

平湯温泉は、永禄7年に武田軍の武将 飯富(山県)昌景が兵を休ませようとしたところ、
猿が湯に使っているのを見て発見されたとされています。

余談ですが、このころの峠は、安房峠ではなくて、大峠という峠があったようです。
しかし、その後に起こった地震でその峠は崩れ、安房峠が後に開発されました。

永禄7年当時の峠は、武田軍が切り開いたものとされています。
相当の難工事だったと思われますが、当時の武田軍の技術はすごいものだったこと
でしょう。

徳積善太
スポンサーリンク
同じカテゴリー(街道について)の記事画像
特別展に行ってきました6_籠渡しの見学ツアー
特別展に行ってきました5_描かれた籠の渡し
特別展に行ってきました4_国境の橋について
特別展に行ってきました3_籠の渡しと国境橋
特別展に行ってきました2_籠の渡しと国境展
特別展に行きました1
同じカテゴリー(街道について)の記事
 特別展に行ってきました7_大変厳しい関所の管理 (2010-10-31 22:20)
 特別展に行ってきました6_籠渡しの見学ツアー (2010-10-25 23:28)
 特別展に行ってきました5_描かれた籠の渡し (2010-10-24 23:57)
 特別展に行ってきました4_国境の橋について (2010-10-23 23:57)
 特別展に行ってきました3_籠の渡しと国境橋 (2010-10-21 20:20)
 特別展に行ってきました2_籠の渡しと国境展 (2010-10-20 20:00)

この記事へのコメント

タンタン さんのコメント

絵葉書の下端部書かれている情報をUPして下さいませんか?

映っている手前の建物は共同浴場でしょうか?
大正時代は、共同浴場と岡田屋だったか一軒の宿しか無かったと?、牧水の紀行文に出てきます。
Posted on 2009年01月08日 10:51

rekisy さんのコメント

タンタンさん>あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

下部の文字は「飛騨平湯温泉ガタガタ橋と湯ザヤ (住伊書店発行No.383)」
となっています。

共同浴場のようです。
Posted on 2009年01月08日 22:05

タンタン さんのコメント

ご教示ありがとうございます。

そういえば住伊書店発行の絵葉書もありましたね。すっかり忘れていました。

番号からすると相当数が刊行されているのでしょうね。
Posted on 2009年01月09日 13:10

rekisy さんのコメント

住伊書店発行の絵葉書についてはまた調べたいと思います。
相当数が刊行されていたようです。
Posted on 2009年01月11日 01:06

コメントする

上の画像に書かれている文字を入力して下さい
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。